「まぁっ!マリナさん、ミシェルさん、どうされたんですか?」
薄茶色のくりっとした瞳をまん丸にして壁際にいるあたし達を見たアネットは声をあげた。
ミシェルはあたしを掴んでいた手を解き、あたしも慌ててミシェルから離れた。
彼女はジルのリセの頃からの友人であたしにフランスでの一般的な生活をあれこれと教えてくれている。
パリに来てからずっとアルディ家の中だけで暮らすあたしに普通の生活も教えておいた方がいいってことで彼女と過ごす時間を設けるようになった。
そして今日はミシェルとの勉強が終わったあとにアネットと会う約束をしていた。
「ごめん、ごめん。もうそんな時間?」
「ええ、マリナさんがお部屋にいないのでメイドさんにお尋ねしたらこちらにいると聞いて来たんですが、一体どうしたんですか?」
そう言うとアネットはあたし達を代わる代わる見た。
「ううん、大したことじゃないのよ。ミシェルが隠し事するからちょっとね」
あたしはミシェルに同意を求めるようにチラッと見たけど、ミシェルはどこ吹く風といった様子でそっぽを向いた。
「それならいいんですが、二人がケンカでもしてるのかと思ってびっくりしました」
アネットはホッとした顔をした。
「じゃ、アネット行きましょう。ミシェル、またね」
ミシェルを残し、あたし達は図書室をあとにした。週に一度アネットはアルディ家に来てくれて、あたしとたわいもない話をしたり一緒に市内のカフェに行ったり、買い物したりと友達のように接してくれるの。
彼女はフランス人のお父さんと日本人のお母さんを持つハーフで日本語はもちろん堪能で、しかもあたしと年もそう変わらず、あたしにとってはパリに来て初めてできた友達なの。
ジルの友達ってことでシャルルも安心してくれているみたい。ただ、市内に出かける時は警護の人がずっと引っ付いて来るから二人っきりってわけじゃなく物々しい感じはするんだけどね。
「アネット、今日はこの前話していた雑貨屋さんに行かない?」
お屋敷にばかりいるあたしにとってアネットとのお出かけは月に一度の楽しみだった。
執事さんに声をかけて車を用意してもらい、あたし達は市内へと向かった。
「petite pomme」と書かれたお洒落なお店の前で車を降り、さっそく店内を見て回った。
「これ、かわいいですよ」
アネットはガラス細工の小さなイルカを手の平にちょこんと乗せた。
「ほんとね、ちっちゃくてかわいい。こっちはリスよ」
あたし達は並べられている小さなガラス細工達を手に取ってはかわいいと連発した。
「あっちにも行ってみない?」
あたしは白く塗られた木彫りのフクロウを指差して言った。大、中、小の大きさのフクロウが横一列に並び、くるりとしたオレンジ色の瞳であたしを見つめているようだった。
あたしはその中から一番小さなフクロウを手に取った。
「これ買おうかな」
アネットはあたしの手にしたフクロウを見て肩をすくめてクスッと笑った。
「マリナさん、変わっているのが好きなんですね」
「変わってるかな?シャルルの執務室の机に飾ったらいいかも」
「え?自分のじゃなくてシャルルさんの机にですか?」
「うん、シャルルにお土産を買っていこうかなって思って。と言ってもシャルルのお金だけど……あはは」
あたしがそう言うとアネットはさっきの棚に視線を向けた。
「私も買っていこうかな」
あたし達はそれぞれレジへと向かった。
「プールカドーシルブプレ」
贈り物用にして下さいと言うと、店員さんはいくつかの包装紙を見せてくれた。
色の言い方はまだ覚えていなかったから青い包装紙と白いリボンをあたしは指差した。
先に終わったあたしがお店の出口で待っていると、ほどなくしてアネットも青いリボンのかけられた小さな箱を手に出てきた。
きっと誰かにあげるんだわ。
帰りの車の中であたしはアネットにお付き合いしている人がいるの?と聞いてみた。するとアネットは少し顔を赤くして、
「いえ、お付き合いしてる方はいません。ただ気になる方がいて。でも貰ってくれるかわからないんですけどね」
「えー、貰わないなんて人いないわよ。あたしだったらプレゼントは何だって嬉しいもの」
アネットは小さなため息をついた。
「その人はとても遠い存在なんです」
「そんなに遠くに住んでいるの?」
「いえ、距離ではなくて雲の上の存在なんです」
雲の上?
もしかしてアネットの気になる相手って……。
つづく