「シャル……ル?」
サラリとした白金色の髪、青灰色の瞳、何よりその美貌は紛れもなくシャルルなんだけど、なぜここに?
「お、折れるっ!」
七瀬は額に脂汗を滲ませ、捻られた腕を庇うように押さえている。
「彼女に二度と近づかないと約束しろ」
「わかった!わかったから離してくれ」
シャルルは放り出すように七瀬の腕を離した。すると七瀬はイスの上に置いていた自分のバックを奪うように抱えると走り去って行った。
「大丈夫か?」
シャルルはあたしの腕に優しく触れた。
七瀬に掴まれた所が少し赤くなっていた。
細長い指先が触れて、あたしはちょっと照れた。
「あ、うん。それより何であんたがこんな所にいるのよ?」
「場所を変えて話そう」
「その方がいいみたいね」
見ればラウンジで寛いでいた人達の視線が一点、シャルルに集まっていた。
無理もない。
見慣れているあたしだって見惚れてしまうほどだもん。
中には携帯を取り出して、こちらに向けようとしている者もいた。
シャルルはさりげなくサングラスをかけた。それでも目立っていることに全然変わりはない。
隠しきれないオーラというか、品位が滲み出てしまっているんだ。
エレベーターに乗るとシャルルは上階のボタンを押した。
操作パネルの上の通過した階数を知らせる液晶画面を見つめている横顔は相変わらず美しいカーブを描いていた。
シャドーストライプのグレースーツがシックで落ち着いた大人の雰囲気を醸し出していた。
「さっきの男は?」
静かな空間に響く艶やかな声は記憶のものよりも若干低い。
ん?
まさか。
「あんた、ミシェル?!」
「どうしてそうなる?」
「前より声が低い、かな、って」
シャルルはため息をついた。
「大切な女が見知らぬ男とホテルで揉め事を起こしてるのを見たら不機嫌にもなる」
あ、それで声が……。
「あはは……」
苦笑いで受け流してみた。
その瞬間、到着を知らせるチャイムが鳴った。
ドアが開いてあたしは息を飲んだ。
シャルルが上階のボタンを押したから、てっきり高級レストランで食事をしながらか、バーで話をするのかと思ってたけど、目の前にあるのは客室だった。
ホテルの部屋数としては明らかに少ない。
きっと一つずつの部屋が広いんだわ。
いわゆるスイートなんだわ。
シャルルは迷いもせず、先に歩き出した。
カードキーをかざし、ロックを解除するとドアを開けてあたしを振り返った。
「どうぞ」
ホテルの部屋かぁ。
少し戸惑いながらもあたしは中へ入った。
シャルルだし、まぁ平気か。
一歩中へ入ると洗練された空間がどこまでも続いていた。
うわぁ、スイートってこんな感じなの?!
いくつもの扉があって、シックな雰囲気のリビングの奥には、さらにエレガントなリビングダイニング。
すぐ横にはアイランド型のオープンキッチン。オシャレな籠にフルーツが飾られている。
きゃー素敵!
美味しそう!
天井の間接照明が温かみのある空間を演出してる。
いつかマンガの背景に使おう。
あっちにもまだ部屋があるみたいだわ。
「そこはベットルームだ。誘ってくれてるならお応えするが」
ぎぇっ!
シャルルと居たことをすっかり忘れてたわ。
「お断りします」
「それは残念。では向こうで話そうか」
シャルルは軽い冗談で言ったんだろうけど
ドキドキが止まらない。
シャルルとベットを共にしたことはあるけど、あの時は一応、付き合ってたし、好きだったと思ってたからいいけど、今は違うもん。
あたしには和矢がいる。
よく考えてみたら今のこの状況だって、和矢にしてみたらすごく嫌よね。
何もなくても二人きりでホテルにいるなんて。
スーッと現実に引き戻された。
早々に切り上げて帰らなきゃ。
「何飲む?」
キッチンの方からシャルルが尋ねてきた。
「何がある?」
「だいたいの物はあるよ。ワインもオレの好みの物を入れさせてある」
近づいてみると備え付けの冷蔵庫には様々な飲み物と隣のワインセラーにはいくつもの瓶が並べられていた。
シャルルの好みってことはきっと高そうなやつばっかりなんだろうな。
飲みたいところではあるけど、さすがにお酒は気が引ける。
「じゃ、ホットミルクココアで」
「冷蔵庫を開けて見せてるのにホットとは、さすがだね。わかった、少し待ってて」
そういうとシャルルは冷蔵庫から牛乳を取り出すとミルクパンに注ぎ入れ、粉末のココアを入れて混ぜ始めた。
「シャルルってそういう事もできるのね」
「家じゃ、やらないけどね」
「そりゃそうよね」
たしかにシャルルが誰かに飲み物を用意する姿はなかなか想像がつかない。
「それであの男は?」
あたしにカップを差し出し、シャルルはミネラルウォーターをグッと飲み干した。
案外ワイルドなのね。
「出版社の人。作品を見たいからって呼び出されたんだけど、打ち合わせを部屋でしようって言われて……」
「枕か。上手い話に乗ってここまでノコノコ来たのか。だが、部屋にまで付いていかなかっただけマシか」
「ノコノコって……。付いていくわけないじゃない」
「そうだな。でもあの男は引き立ってでも連れて行きそうな勢いだったが」
「本当にシャルルが来てくれて助かったわ。凄い力で掴まれて焦ったもん」
するとシャルルは小さく息を吐いた。
「心配させるな。で、和矢とはうまくやってるのか?」
「普通かな」
大概はうまくやれている、と思う。
バイトを始めたことで小さなすれ違いはあるけど、そんなのはどのカップルにでもあることよね。
だけど惣菜を買うために働いているのか?なんて和矢が言うとは思わなかった。
バイトだって言って実は誰かと会ってんじゃないか?とか。
その時、ハッとして時計を探した。
「どうした?」
「何時かなって思って」
今日はバイトじゃないけど、和矢には出版社の人と会うって言ったんだった。
シャルルは左手の袖をサッとずらして腕時計を見た。
「17時56分だよ」
「もうそんな時間?!帰んなきゃ。まだ夕飯の用意も何もしてないんだった」
あたしがそう言った瞬間、シャルルの瞳が切なげに揺れた。
それもそうよね。
久々に会って大した話もできずに帰るだなんてデリカシーがないわよね。
「ごめん、またゆっくり話せるといいんだけど。いつまで日本にいるの?」
シャルルは一瞬の間を開けて、2週間後に帰国すると答えた。
「その間に時間作れる?そしたら、ゆっくりとあんたの話も聞きたいわ」
「わかった。家まで送るよ」
シャルルはテーブルの上に置いてある車のキーを手にした。
つづく