今日はフランク王国の二番目の王朝、カロタング朝について頭から煙が出そうなほどミシェルに詰め込まれた。
「ピピヨン三世の没後、長子カール大帝と弟カルスマンによって共同統治されていたがこの二人は不仲であったと言われている。実際には国は二つに分断されていたんだ。マリナ、カール大帝ってフランス語では何て読むかわかるか?」
あたしはそんなの知らないわよと首を振るとミシェルは不敵な笑みを浮かべた。
「カールはフランス語でシャルルって言うんだぜ。しかもこの兄弟、実は双子だったらしい」
その言葉はとても意味深であたしは何て言っていいのか言葉に詰まった。この兄弟王は双子で、しかも兄はシャルルだなんて何とも皮肉だわ。
「その後三年も経たないうちに弟のカルスマンは若くして病死したと言われているが実際はどうだったのかは不明だ。兄がフランク王国の統一を図り、暗殺したのではないかとも言われている」
穏やかではない話にあたしは息を飲んだ。シャルルとミシェルの生い立ちを考えると複雑な気持ちになった。
「いつの時代にも良家にはよくある話だな。さて、話がだいぶ逸れた。じゃ今日はこの辺でやめておくか」
ミシェルは目の前に広げた資料をパタンと閉じるといつものようにメイドに渡してスッと立ち上がった。
自らの運命と重ねるように話したミシェルがなんだか悲しげに見えてあたしは堪らずにミシェルの腕を掴んだ。
「あんた達は運命を乗り越えて今はこうして上手くやっているわ。この先もずっとよ。だから過去のことは忘れ……」
ミシェルはあたしの言葉を遮るように「わかっているよ」と言って掴んでいたあたしの手をそっとはずした。
その時、扉が開かれ若いメイドさんが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「シャルル様、今朝ほどおっしゃられた夕食に使用する食材なのですが買い付けに行った者の不手際で……」
「悪いがオレはシャルルではない。アイツなら執務室にでもいるはずだ」
メイドさんはハッとした表情をして慌てて「申し訳ございません」と深々と頭を下げると図書室を出て行った。
あたしはミシェルの気持ちを考えると胸がぎゅっと苦しくなった。
メイドさんの中でも二人の見分けがつかない人が多いのも事実だった。二人と長い時間を過ごしているあたしには二人を見分けることができるけど本当に瓜二つだもの。パッと見だと区別がつかないのもわからなくもない。
でも当の本人は気分が良いものではないわよね。
あたしが気まずそうな顔をしているのを見たミシェルはあたしの頭をちょんと小突いた。
「お前がそんな顔をするなよ。アイツと間違われるのもずいぶんと慣れたし、別に気にしない」
それは何でもないって言い方ではあったけど、その横顔はどこか悲しげだった。
あたしはミシェルの背中をドンと叩いて言った。
「あたしはシャルルとあんたを間違えたりしないわ。だって見た目は似ていても中身は全然違うもの。
でもそれが分かるのってあんた達と一緒にいる時間が長いからなのよ。
でも彼女にとってあんた達はまるで雲の上の存在でしょ?
中身まで見ろって方が無理じゃない?
きっと彼女もあんたと長くいれば絶対に間違えたりしないはずよ。だから気にするんじゃないわよ」
「痛てっ」
ミシェルは背中を反らせて顔をしかめたけど、その瞳は優しく揺らめいていた。
「お前って雑だな。でも……」
「でも、何よ?」
「いや、何でもない。この話は終わりだ」
ミシェルはそう言うとくるりと身を翻し、出口に向かって歩き出した。
「そこまで言ったら最後まで言いなさいよ。気になるじゃない」
あたしはミシェルのあとを追いかけ、その袖口を掴むとミシェルは急に振り返ってあたしの手を掴み上げ、壁にあたしの体を押しつけた。
あたしはびっくりしてミシェルを見上げた。
「そこまでにしておけ」
その声は低く、あたしはミシェルを怒らせたと思って身を固くした。
その瞬間、すぐ横の扉がゆっくりと開いた。
つづく
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ミシェルの語っていた歴史上のできごとはフィクションです。