きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

君と蒼い月を 9

シャルルに送ってもらって、何とか和矢の帰宅前に家に着いた。来週、都内で行われる再生医療に関する研究の講師を務めるために来日したらしい。
それまでは大学の研究室で何やらするらしいけど、基本的に午前中は空いていると言っていた。
 
そしてあたしは現実に戻り、急いで夕食の準備を始めた。
今日は残り物で作った野菜炒めと味噌汁、いつからあるのか忘れた冷凍の鮭を焼いた。
テーブルに並べてみて朝食かっ?!と自分でツッコミたくなった。
おかずを前に椅子に座り、魚臭いダイニングでシャルルのホテルの部屋を思い出していた。
夢のような空間と目の前のギャップに気分が沈む。
ふとポケットからシャルルにもらった名刺を取り出した。
走り書きした連絡先が書かれていた。


「いつでも連絡してくれ。君に合わせるから」


別れ際にシャルルに言われた。
ガチャっと鍵の音がしてとっさに名刺をポケットに突っ込んだ。


「ただいま。出版社の人、何だって?」


靴を脱ぎながら和矢が聞いてきた。
枕だったなんて言えない。


「持っていった作品を見せたら、検討して連絡するって言われたの」


「へぇ、良かったじゃん。楽しみだな」


和矢は自分のことのように嬉しそうに言ってくれた。シャルルに会ったことは話さなかった。成り行きを考えると言えなかった。


シャルルとの事を話せないまま、週末になった。もちろんシャルルには連絡していない。和矢に黙ってシャルルに会うのは気が引けた。
帰る時間が近づいてもお皿は洗っても洗っても減りゃしない。
入店のチャイムは今も鳴っていて厨房にいても店内が賑わっているのが伝わってきていた。
上がりの10分前からゴミをまとめ、洗ったお皿を元の場所へ戻していると、学生達がまた何やら言っているのが聞こえてきた。
どうやら時間ぴったりに帰ろうとしてることにイラつくらしい。
あたしだってしたくてしてるわけじゃない。けど和矢が心配するんだもん、仕方ない。
そして時間通りに挨拶をしてお店を出た。
すると人目を引く赤い車がハザードを点滅させて止まっていた。
心臓がドクンとした。
この前シャルルに送ってもらった時に乗った車と似ていた。
だけどシャルルにバイトの話はしていない。
ここに来るはずはないわよね。
すると運転席のドアがゆっくり開き、颯爽と現れたのは紛れもなくシャルルだった。
車道のガードレールに片手をついて華麗に飛び越えると歩道に降り立った。
白金色の髪が風に揺れ、通りを行き交う人達の目を引いていた。
完全に目立っている!
あたしは急いでシャルルに駆け寄った。


「あんた、急にどうしたのよ?!」


「連絡が来ないからこっちから来ただけだ」


「だけどバイトの話なんて一つもしてないのに」


「オレにできない事があるとでも?」


シャルルは不敵に笑ってみせた。


「そうだったわね」


たしかにシャルルなら調べればすぐにわかるだろうと変に納得してしまった。


「それより場所を変えないか?」


見れば人集りが更に大きくなり、中にはスマホをこちらに向けている人もいた。


「そうね」


シャルルはスマートにあたしを助手席にエスコートする。


「どうぞ」


ギャラリーからため息が聞こえてくる。
余計に目立つから、やめぇーい!
クスッと笑った笑顔にどよめきが起こった。
車は走り出すと、大きな通りに出た。


「待ってシャルル。遅くなるとあたし……」


「和矢が心配するか」


シャルルは前を見据えたまま、ぼそりと言った。和矢との話をシャルルにするのは気が引ける。
でも話さないと早く帰らなきゃいけない理由の説明ができない。


「前にバイトで遅くなった事が続いて、誰かと会ってるんじゃないかって言われたり、バイト先にも電話が来たりでね」


「つまり今も店に電話が来てる可能性があるってことか」


「そうなの。この前シャルルに会ったこともまだ言えてないし」


「そうか、わかった。とりあえず送るよ」


車は小道に入り、ほどなくして家の近くで停まった。
シャルルは気を遣って家の前じゃなく、少し離れた所にしたんだ。
たしかにこの車が停まったら目立つものね。
時刻は21時38分。
まだ許容範囲だわ。


「シャルル、来てくれたのにごめんね。じゃあ」


そう言ってドアに手をかけると、シャルルがあたしの手を掴んだ。


「明日、10時にここで待ってる」


その瞳は真剣で、まるで縋っているように見えた。
断ることもできた。
でもあたしはしなかった。


「わかったわ」


明日はバイトもない。
連絡すると言いながら電話の一つもしてない。
それにシャルルが今、どうしているのかも気になる。
あたしは自分への言い訳をあれこれと考えながら帰宅した。

 


つづく