きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の中へ 35



部屋を出るとシャルルは慣れた様子でミシェルの部屋にロックをかけた。
ピピピピッと音が続いた後、ピーっと機械的な長音が鳴った。
この音を、扉の向こうでミシェルはどんな思いで聞いているんだろう。
ミシェルに助けてもらったのに自分だけ逃げ出すみたいで後ろめたい気持ちになる。
気になってそっとミシェルの部屋を振り返った。

「ミシェルのことが気になるか?」

すっかり忘れていたけどシャルルの観察力は凄いんだった。わずかな動きでもシャルルはきっちりと見ているんだ。

「あっ、ううん。全然そんなんじゃないけど」

見透かされるんじゃないかと少し不安になりながらあたしは首を振った。
たとえ同情だとしてもミシェルのことが気になってると思われたくなかった。
シャルルに婚約者がいてもその気持ちは変わらない。
それにあの時、シャルルがミシェルにされたことを思えば、孤島送りぐらいしたっておかしくないのにシャルルはそうはしていない。
しかもミシェルは閉じ込められているとはいってもここはお屋敷の中。
簡素だったけどお風呂も、ベットだってちゃんとある。仕事だってしているみたいだし、ここの三階の部屋にいるくらいだから待遇だって悪いってほどでもなさそう。
そう思う一方で、やっぱりこのまま一生、ミシェルは閉じ込められたままなんだろうか?と考えはぐるぐると回るだけだった。
たしかミシェルは幼少期もずっとこのお屋敷で、その存在を隠されたまま育てられてたって言ってたわ。
だから、もしできるなら。
あたしがふと足を止めるとシャルルも同じように立ち止まった。

「さっき、ミシェルが言ってた要求って。自由がほしいって言ってた、あれはどうするの?」

「そもそもあれが要求なのか不明だが、目に映るものだけが真実とは限らないよ」

シャルルは思わせぶりな言い方をした。

「どういうこと?」

《ちょ……っと、離してよっっ!!》
《こちらのフロアへの立入はご遠慮下さい》

階段の方で何か揉めているようだわ。
でも、あの声って……!

「ねぇ、あれって美紗さんじゃない?」
「そのようだな」

胸がチクリと痛んだ。
シャルルが来てくれて、あたしを心配してくれて、あの頃に戻ったような気でいたけど、すーっと現実に戻された。

フレデリック、こんなことして良いと思ってるの?!シャルルさんに言うわよ!》

近づいてみると三階へ向かう階段の途中で警備員二人に腕を掴まれている美紗さんが正面に立ち塞がるように立つフレデリックさんを睨んでいる。
だけどシャルルに気づくと美紗さんは表情を一転させ、笑顔を作った。

「ちょうどよかったわ。シャルルさん、助けて。この人達何か勘違いしてるんだけど、離すように言って下さい」

美紗さんは弱々しい声で言った。あたしと話をしていた時とはまるで別人だわ。
それにしてもシャルルがこういう気が強そうな女狐タイプの女性を選ぶなんて意外だわ。ふと松本由香里のことを思い出した。そういえば彼女も似たようなタイプだったわね。やっぱりこれもアルディの血なのかしら。
ところがシャルルは冷ややかに美紗さんを見下ろすと冷たく言い放った。

「君がこの階へ立ち入らないように指示したのはオレだ。今、君を屋敷から追い出せばマリナはきっと反対するだろう。だから仕方なく一階のゲストルームを用意した。だが、明日の朝には出て行ってもらう。理由は自分でもわかっているはずだ。マリナは何も言いはしないが中庭の監視カメラがすべてを記録していた。二度とオレ達の前に姿を見せるな」

その瞬間、美紗さんは崩れるようにその場に座り込んだ。
警備の人達が両脇を抱えるように美紗さんを連れて行く。
監視カメラってことはあたし達のやりとりをシャルルは見たんだ。だけど一時の感情で喧嘩別れなんてしたらきっと後悔するわ。あたしはシャルルに向き直った。

「あんな言い方しなくても、何もなかったんだからいいじゃない。きっと彼女はあんたが好きで、好きで、あたしに嫉妬しちゃったのよ。だから、早く追いかけ……」

そこまでしか言えなかった。
シャルルの腕がさっと伸びて、あたしの体を引き寄せ、その胸の中にきつく抱きしめた。

「永遠に、君だけを愛してると言ったオレの言葉を忘れたのか?」


シャルルは絞り出すように言うと体を離して、まっすぐにあたしを見つめた。
その眼差しは揺らめき、まるで小さな炎を宿しているようだ。

「シャルル……」

あの時のことを忘れるはずない。何度も何度も思い出して、あたしはシャルルの手を離したことを何度も後悔した。

「でも、美紗さんと婚約したんじゃないの?」


「それは彼女の虚偽だ。オレは街で盗難に遭って困っていた彼女が君と同じ日本人だという理由だけで助けただけだ」


「そんな……」

「彼女のことなどどうでもいい。オレが聞きたいのは、君がパリに来た本当の理由だ」

シャルルは大使館であたしがカークに会いに来たと言ったことを言っているんだ。
今なら本当のことを言っていいんだ。そう思ったら涙が溢れてきた。
あたしは心を落ち着かせ、シャルルを見上げた。


「本当はあたし……あんたに会いにきたの。あんたが忘れられなかった」


シャルルは噛みしめるようにあたしの言葉を聞き、そして天使のような笑顔を見せた。


つづく