あたしは15時までの仕事で、主に野菜を切ったりする仕込みと、皿洗いが中心だった。慣れない作業に、終わる頃にはもうクタクタだった。
それでも帰ったら夕食を作らなきゃいけないし、洗濯物だってしまわなきゃいけない。想像していた以上に疲れる。
それを思えば朝から晩まで働く和矢を尊敬した。
そんなある日、15時であたしと入れ替わるはずのバイトの子が風邪をひいたとかで休みたいと連絡が来た。
店長とその子の二人で営業するシフトだったから、店長は大きなため息をついた。
それからあたしと目が合った。
「池田さん、悪いんだけど18時までちょっと伸びられないかな。じゃないと学生達が来るまで俺一人なんだ。さすがにきつくて」
「でも、あたし調理とかまだしたことなくて」
すると店長は笑顔を見せた。
「大丈夫。俺がいるし、教えながらやるから。とりあえずはお皿洗っててくれればいいんだ」
そういうことなら、18時までなら居られないこともないか。
店長も困ってるみたいだし、この状況では断りづらいのもある。
「じゃあ18時までなら」
「悪いね、助かるよ」
この日の夕飯はお惣菜を買って帰った。
さすがに作る元気はなかった。
お皿に移しただけのおかずだったけど、和矢は特に何も言わなかった。
だけど一度いいと言ってしまうと当てにされるというのが最近の悩みだった。
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「ごめん、18時まで頼むよ」
「でもこの前もだったので家のことができなくて……」
「たしか明日は休みだったでしょ?明日頑張れば大丈夫だよ。本当はもっと仕事を覚えてもらいたいんだけど、覚えるのって個人差があるじゃん。だけど池田さんは時間の融通効くから、あんまり言わないようにしてんだよね。だから逆にそこを自分の強みにしようよ。ね、どう?」
確かに仕事の覚えはかなり悪くていつも申し訳ないなとは思っていた。
それでもキツく言われないでいたのはそういうことだったのかと初めて知った。
半強制ではあるけど、仕方ないか。
ここまで言われて断れるわけがなかった。
「わかりました。じゃ18時まで」
「悪いね、いつも助かるよ」
店長は親指を立ててグッドのエールを飛ばしてきた。
18時になると急いで買い物を済ませ、お惣菜の袋を下げて帰宅した。
すると和矢が先に帰ってきていた。
「今日は早かったんだね」
「俺の帰りが早いと何か都合でも悪い?」
「え?」
和矢は惣菜の袋をチラッと見た。
「それを買うためにバイトしてるの?」
「何、その言い方……」
悔しくて涙が出そうになる。
「風呂入ってくる」
和矢はそう言うと浴室に消えて行った。
同棲してから初めての喧嘩だった。
つづく