きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の彼方へ 10


「 そろそろ夕食にするか。マリナ、起きれるか?」

「うん」


あたしは体を起こして一旦ベットに座り、それから揃えて置かれていた靴に足を入れた。
そして立ち上がり、呼吸をわざと早くした。次に胸の辺りをぎゅっと掴んで前屈みになって俯いた。


「どうした、マリナっ!?」


すかさず和矢があたしにかけ寄り、両肩を掴んであたしを覗き込んだ。


「大丈夫かっ?」


心配そうに見つめられると心が痛んだ。
でもまだだわ……もう少しだけ。
あたしは唇を開いて更に呼吸を早めた。


「どけ、和矢!」


シャルルが和矢の肩を掴んであたしから引き剥がすと、間に割って入ってきた。


「大丈夫、落ち着いて。そこに座って、ゆっくりと息をして」


「横にさせた方がいいんじゃないか?!」


そう言って和矢は一歩後ろに下がり、様子を見守っている。


「いや、座った姿勢の方が呼吸しやすい」


シャルルが背中に手を添えてくれる。
優しい手だった。
あたしは呼吸を緩めて徐々に落ち着いてきたふりをした。
シャルルにばれやしないかと少しヒヤヒヤだった。様子を伺うようにあたしはシャルルの表情をチラッと盗み見た。
するとシャルルと目が合ってしまった。あたしは慌てて目を逸らした。
だけどシャルルは特に気にもしてないようだった。
あたしは小さく息をついた。
よし、これで病院に連れて行こうって話になるんじゃないかしら。
そしたら和矢と同じ部屋にならなくて済むわ。きっと病院に行ったら何でもありませんってなると思うけど、その時はその時よ。


「もう大丈夫のようだね。でも念のため今夜は医務室でオレが様子を見ることにしよう。夕食もそっちに用意させる。悪いが和矢は食堂で済ませてくれるか?」


え?
アルディ家って医務室なんてあったの?
しかもシャルルが様子を見るだなんて。
待って、それはそれで困るわ。
一緒にいる時間が長ければ長いほど記憶が戻ったってシャルルに気づかれそうだし。


「あたし、もう大丈夫なので。シャルルさんも忙しいだろうし、気にしないで下さい」


「そうはいかないよ。一日に二度も過換気発作を起こすなんて心配だからね」


「そうだな。シャルルが付いてた方が安心だし、その方がいい」


シャルルの提案に和矢も賛同した。その言葉を受けてシャルルはすっと立ち上がるとどこかへ電話をかけ始めた。


「オレだ。すぐに医療室の準備をしてくれ。いや、医療チームは不要。患者はオレが見る」


シャルルは電話を切ると、あたしと和矢を見た。


「以前使っていた医療コンテナをそのまま改装している部屋があるから設備も整っている。何かあったとしてもすぐに対応できる」


話が大袈裟になってきてあたしは焦った。
でも待って!
その医療コンテナってもしかして薫と兄上の治療をした時の設備のこと?!
あれから半年。ずっと二人のことは気になっていたけど、シャルルに連絡するのも気が引けて、ずっとそのままだった。
今すぐにでも二人がどうなったのかを聞きたい。
でもそうなると記憶が戻ったってことを言わなきゃいけない。
もし今ここで全部思い出したって言ったらどうなる?薫のことはシャルルから堂々と聞けるわ。
でも、その後は?
和矢と仲良く日本に帰るなんてできない。
じゃあ和矢と別れて、シャルルに思いを伝えるの?
シャルルはどう思うかしら?
もうあたしのことなんて何とも思ってないかもしれない。
それに、シャルルはアルディ家の当主になったの?だとしたら、結婚……してるかもしれない。
知りたいことが次から次へと溢れ出てきてあたしはどうすべきなのか迷った。
もう全部話すしかないと思った時、


「その医療コンテナってあの時のか?そういや、あの二人はどうなったんだ?」


和矢がまさにあたしが聞きたかったことを聞いてくれた。


「兄の方はずっと眠ったままだ。響谷は少しなら話もできるとこまで回復はしてるが、機械はまだ外せないかな」


それを聞いてあたしは少しだけホッとした。とりあえず二人とも助かったんだ。


「それで二人はどこにいるんだ?病院に入れるってわけにもいかないだろうし」


刑を執行された兄上を人の目に触れさせるわけにはいかないものね。
身元がどこでばれてしまうかわからないもの。


「人目につかないように隠し部屋を使ってる」


「ミシェルが使ってたって部屋か?」


「あぁ」


「そうか、二人とも無事で良かった」


子供の時にミシェルがいた部屋?
それってどこにあるんだろう。
だけど和矢はそこで話を終わらせてしまった。そしてあたしの前に屈みこみ、優しい目をした。


「良かったな」


和矢はあたしが記憶がないままだと思っている。
だからそれ以上は何も言わなかった。
和矢の優しさが胸にじんわりと広がった。
ねぇ、薫……あたしはどうしたらいいと思う?
薫に会いたい。
もうあたしはそのことで頭がいっぱいだった。

 


つづく