きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の彼方へ 12


「どうして?」

息が止まるかと思った。

「このすぐ下が医務室の隣の部屋なんだ」

あたしは状況が掴めずに混乱した。

「うそ……」

この場でお屋敷の図面を広げて見せてほしいぐらい驚いた。

「ほら、向こうに階段があるだろう?あそこから行き来できるようになっているんだ」

シャルルの視線の先には白い螺旋階段があった。シャルルはあたしがここへ来るってわかってたってこと?それとも誰かが入ってきたから慌てて様子を見に来ただけ?
いや、違う。
きっとそうじゃない。
だってあたしが部屋に入った時にはシャルルはもういたんだもん。
物音がして様子を見に来たというより、待ち構えていたって感じよ。

「ずるいわ」

「君が素直に話してくれるという確証が持てなかったものでね」

「じゃあ、昨日の夜はわざと?」

「和矢と響谷の話をしていた時の君は反応を見せなかった。君に記憶が戻っているのかを確かめるためにやってみた。響谷の存在を認識できていれば君はきっとオレの後を付けてくると思ってた。だから和矢と話していた時も部屋がどこにあるかは言わなかった」

「じゃあ、薫の話も嘘?!」

「やはり思い出していたんだね。オレは響谷としか言ってないからね」

しまった!
慌てて口を押さえたところで後の祭りだわ。

「それは……」

言葉に詰まった。
シャルルを相手に誤魔化しきれるはずがない。

「響谷の話は半分が本当で、半分が嘘。容体は話した通りで、場所はここじゃなくて別邸だ」

「どうして?いつからわかってたの?」

「いつからか、と言えば二度目の過換気発作の時だ。正確に言うと君が自作自演した二度目の時だ。嘘なのはすぐにわかった。一応これでも医者だからね。ただ理由がわからなかった」

「それは……」

また言葉に詰まってしまった。
そうか、ばればれだったのか。

「ならどうしてあの時に言わなかったのよ?」

するとシャルルはあたしに一歩近づき、両手をあたしの肩に置いた。

「何か困ったことでもあるんじゃないかと思ったんだ。だったら力になろうってね。オレにできることなら何でもしてやるから話してごらん」

シャルルはあたしと再会してまだ少ししか一緒にいなかったのに、そんなことまで気にかけてくれてたってこと?
シャルルの青灰色の瞳は優しさに満ち溢れていた。
それを聞いた瞬間、ずっと縛りつけられていた心の枷を解かれたような気がした。
あたしはこれまでことをシャルルに話した。だけど別れようと思ってる理由は言わなかった。和矢に話す前にシャルルに言うわけにはいかない。


「今の説明だと君の言うように和矢は真っ先にその絵梨花が原因だと考えるだろうね。ちゃんと理由を話せばいいんじゃないか?」


「それは……」


今は言えない。
シャルルが好きだからって和矢に話して謝ろうと思ってたわ。
でもシャルルと和矢が話しているのを聞いてから余計に言いづらくなってしまった。
それで今もあたしはグズグズとしている。


「二人の間のことは当人同士にしかわからない。だが和矢も理由を知れば、改善なり譲歩なりする可能性もある。君の不満や不安も解消するかもしれないよ?」


あたしは首を振った。
シャルルへの想いを伏せたままだと、ここで上手く説明することができない。

「そういうことじゃないの。和矢には不満や不安は何もないわ」

「君の話を聞いてる限り、和矢には取り付く島もないといった所だな。理由がわからない以上、改善策を講じる術もなく対応のしようがない状態だ。それだと和矢は納得しないと思うよ。そんなに言いにくい理由なのか?」


だってやっと二人が友情を取り戻したんだもの。引き裂くようなことはしたくない。
きっと二人の間を壊してしまう。


「理由は言えないけど、別れたいってちゃんと言うわ」

「そうなると和矢はやはり納得しないだろう。そこまで言えない理由は何?」


そうじゃなくて言えないのはシャルルによ。シャルルへの想いを言わずにこれ以上話すのは無理だわ。


「和矢にはちゃんと理由も話すことにするわ。心配してくれてありがとう。あたし今から行ってみるわ」


辛いけどあたしはちゃんと和矢と向き合うべきだ。たとえ責められても悪いのはあたしだ。いつまでもこんなこと続けていちゃだめだわ。
あたしは一方的に話を切り上げて、その場を離れようとするとシャルルはあたしの腕を掴んだ。


「待って。オレはその理由が知りたい。あの日、君たちが思い合っている姿をオレはこの目で見た。あれは間違いだったとでも言うのか?」


シャルルの瞳があたしの中の真実を求めている。
あたしの幸せを願って一人で行くことを決めたシャルルの気持ちを考えたら当然の反応だった。


「違うわ。あの時は本当にそう思ったの。でもあんたに理由は言えない」


「なぜ?!君はオレを信用するに値しない人間だと思ってるのか?」


シャルルがそんな風に考えるとは思いもしなかった。
和矢に話したらちゃんと話すわ。
だから少し待ってほしい。


「そんなこと思ってないわ」


「だったら理由を聞かせて。オレにも知る権利はあるはずだ。このまま二人が別れたら、オレはこの先自分の判断を信じられなくなる」


ここまでシャルルを追い込んでいるとは思いもしなかった。
順序は間違っているけど目の前のシャルルに辛い思いはさせたくない。
だってシャルルは間違ってない。


「わかったわ」


あたしはシャルルに向き直った。


「和矢と別れようと思ったのは、あんたが好……」


「シャルル、ここにいたのか」


あたしは思わず出かけていた言葉を飲み込んだ。


「和矢か。どうした?」


シャルルはすっとあたしの前に一歩進み出た。


「前にお前が言ってたシャンパンを貰おうと思って執事さんに言ったらお前の許可がないと出せないって言われてさ」


後ろから見ててもシャルルが息をついたのがわかった。


「84年のブリュット・アンペリオールか。そうだな、後で一緒に開けよう」

 

 


つづく