ミカエリス家との取引はフランス東部アルザス地方の中心ストラスブールとドイツのケールという町の間を流れるライン川の近くにある聖ノーストラナス寺院内で行われることになった。昨日、シャルルの部屋で鳴り続けていた電話はどうやらこの件だったらしい。
「明日の夕方には戻るから」
そう言ってシャルルが出かけて行ったのは昨日のこと。今回の保管場所は華麗の館ではなくて本邸にしたんだって。
地下に新しく保管庫を作ったみたい。それも厳重な警備システムをシャルル自ら作ったらしく、自分以外には絶対に解除できないシステムだと言っていた。
「脳内に存在するアーキテクトは抽象化水準で脳の機能を特定するもので、多くのモジュールの相互作用を利用し、その認証はオレのアーキテクトのみで機能するようにしたんだ」
とか何とか……。
さっぱりちんぷんかんぷんだったわ。
シャルルが出かけている間に、あたしはメイドのアリスに手伝ってもらいながらゲストルームの荷物をまとめていた。
このままずっとパリにいるわけじゃないけど、日本に帰るまではシャルルの部屋で一緒に過ごすことになったの。
ふと開けた机の引き出しの中を見て、手が止まった。
それはパリに来てすぐにフェリックスと一緒に買ったスケッチブックだった。
気晴らしにもなるからって画材店に立ち寄ってもらって買ったものだ。
「マリナ様、シャルル様がお戻りになられたみたいです」
その時、アリスが窓の外を指差した。
見れば黒塗りの車が五台、列を成してこっちに走って来るのが見えた。
聖剣を受け取った後、お屋敷に着くまではシャルルを乗せた車を中心にして、四台の車が前後左右を囲むように走ると言っていた。しかもアルディの中でも選りすぐりの精鋭部隊が各車両に乗り込んでいるらしい。それぐらい貴重な物ってことなのよね。そりゃ物々しい雰囲気にもなるか。
「ちょっと行ってくるわね」
「はい。私はこちらで片付けを続けていますね」
シャルルの戻ってくる午後は、聖剣の保管場所に関する守秘から全使用人が指定された場所で仕事をするようにとの達しがされていた。
アリスは18時までこの部屋から出てはいけないと言われているらしい。
一階に降りて行くと玄関ホールはシーンと静まり返っていた。
シャルルの迎えにこの場にいたのは執事さんとジル、それに警備の人が数人だけだった。
「ごきげんよう、マリナさん」
「ジルはシャルルと一緒じゃなかったのね」
「私は頭脳部隊なので今回は留守番でした」
そう言ってにっこりと笑う笑顔の隣にはフェリックスの姿はなかった。
あの時は無理やりキスされたし、怖かったけどシャルルの記憶が戻るまでの間、一番近くで話を聞いてくれていたのはフェリックスだった。
もっと違う形で接していたら良い友達になれたかもしれない。
そう思うと申し訳ない気持ちになった。
「そうよね」
「マリナさん、どうかしましたか?」
あたしの様子に気づいたのかジルが心配そうに聞いてきた。
「フェリックスの姿がないなって思って。いつもジルと一緒だったんでしょ?」
するとジルの表情がさっと曇った。
嫌な予感がした。
「不測の事態にも対応できるようにと考えたのですが、私の選出ミスで怖い思いをさせてしまって本当にごめんなさい」
「ジルが悪いわけじゃないわ。それにフェリックスだって。あの時はいきなりでびっくりしたけど、フェリックスがそばで励ましてくれていなかったらあたしはとっくに日本に帰ってたと思う。ちょっとやり方が強引だったけど、フェリックスが力になってくれてたのは確かよ。だからどんな処分になっちゃったのかと思って。できれば今まで通りにしてあげてほしくて」
するとジルは一瞬、考え込んでからあたしをまっすぐに見つめた。
「実はフェリックスはマルグリット島へ送られてしまったのです」
「えぇっ?!」
アルディ家が所有する地中海に浮かぶ孤島、世間の目から隔離することが目的のあの島に?
「幽閉したってこと?」
ジルは静かに頷いた。
「シャルルの怒りっぷりは凄かったですから」
「嘘でしょ?それって監禁じゃない!犯罪よ?!」
「フェリックスはアルディ家の使用人なので、対外的には孤島での勤務に変更になったというだけなので問題はありません」
完全犯罪じゃない。
「それでも家に帰らなかったらご家族が心配するでしょ?」
「当主の座を脅かす重要人物、ミシェル・ドゥ・アルディを管理する重要ポストに就くために孤島勤務になったと言えば済む話です。数年帰らなくても不審に思わないでしょう」
「いくらなんでもやり過ぎなんじゃ。だってキスしただけよ?!」
「シャルルは、だけ、だとは思えなかったのでしょう。二人を目撃した時、隣でシャルルはすごい殺気でしたから。マリナさんのことを思い出してはいなくても嫉妬している姿を見て私はなんだか嬉しかったですけど」
「ジル、何を呑気なことを言ってるのよ」
するとジルはクスッと笑った。
「きっとマリナさんのお願いならシャルルも考えが変わると思います。なので実は私はあまり心配していません」
「お願い?」
「そうです。今夜にでもぜひ。寝所での奥方様の願いは殿方は断れないものです。私も早く二人の赤ちゃんが見たいですし」
「何を言ってるのよ、ジル?!」
「これで世継ぎが誕生すればアルディの親族達も何も文句は言わないでしょう。シャルルは生涯誰とも結婚しないと言っていて長老達も頭を抱えていましたから」
ジルの妄想が一人歩きをする中、玄関のドアが開け放たれた。
数人の男の人達を引き連れたシャルルが帰ってきた。
手には細長く古めかしい箱を持っていた。
シャルルはあたしの姿を捉えるとまっすぐにこっちに歩いて来た。
「ただいま、マリナ」
その瞬間、緊張していたシャルルの表情がふっと柔らかくなった。
「おかえり、シャルル」
あたしの言葉を噛みしめるように聞き終えると、ゆっくりとあたしに近づき、キスをした。
ちょ、人が見てるわ!
それもかなりの人数がっ!
「無事に聖剣は奪還したよ。今夜はお祝いしよう。これだけしまってくるから部屋で待ってて」
そういうとシャルルは地下への階段へと消えて行った。
あとに残されたあたしは顔から火が出そうなくらい頬が熱い。
「ではマリナさん、どうかフェリックスのことお願いします。私も優秀な秘書が不在なままだと困ってしまいますので」
「待って、お願いって言われてもどうすればいいのよ」
「寝所での願いですよ。シャルルはマリナさんには甘いはずですから。では私は失礼します」
こうして思わせぶりな笑みを浮かべるとジルは帰って行った。
寝所での願いってどうするのよ?!
ねぇ、?!
fin
***
みなさん、最後までお付き合い頂きありがとうございました😊
長くお待たせしてしまいすいませんでした。
今回も無事に完結!
たくさんの拍手と応援ありがとうございました。
無事に聖剣も取り戻し、安定のハピエンとなりました。
グノームの聖剣は銀バラとの兼ね合いもあって一つしか存在しない物の取り合いをどこで着地させようかと悩みました。
深く入り込んで書きたいところですが、私にはその度量はなく😅さらっと書いちゃいました。
フェリックスはどうなったのか…(笑)
きっとマリナちゃんの代償のおかげで戻って来れるでしょう。
番外編でも書いたら面白いかな。
毎回思うのですが、間隔が空くと書けなくなりますねぇ。やっぱり一気に書いてしまうのがいいのかな🤔
次回以降の予定はまだ未定です。
私事ですが、仕事が忙しくなり始めてとにかく時間がない😵そもそもお休みがなくて自分の時間がない。
なのでしばらく休んでストック抱えた状態になれたら再開予定です。
5月には仕事も落ち着くかな〜
ではみなさん、またお会いしましょう❤️