「どうして全部話さなかったんだ?」
「仕方ないでしょ。怖いんだもん」
フェリックスは呆れたと言わんばかりの顔をした。
「チャンスだとは思わなかったの?」
「シャルルって呼んでいいって言われただけで今日は十分よ」
「泣いたくせに?」
部屋に戻ってから一応、目を冷やしたんだけど、まだ腫れていたみたいね。
それには答えずにあたしはホロホロのお肉を口に放り込んだ。
昨日とは違って今夜は食堂での夕食だった。
「昨夜は部屋で地味な食事だったけど今日はこんなに豪華だもの。十分よ」
あたしは自分に言い聞かせるようにフェリックスに言った。
シャルルの軟化であたしへの待遇はぐんと上がった。
親しい友人でも扱うかのようだった。
「優しくされるだけでいいの?」
その言葉に思わず手が止まった。
そんなはずない。
でも踏み出す勇気もなかった。
あたしが黙ったままでいると、
「俺までこういう扱いをされるってことは、シャルル様は俺達のことを誤解したままなんじゃない?」
「そのうち、ちゃんと話すわよ」
あたしは誤魔化すようにお肉をパクりと頬張った。
何と言われても今は無理よ。
「そのうちって……。揺さぶりをかけるだけのつもりが、取り返しのつかない方向に行ってしまうかもしれないんだよ?」
最後のお肉を口に放り込んであたしは立ち上がった。言われなくてもわかってるわ。
「じゃ、何て言うのよ。思い出してもらいたくてシャルルに葉っぱをかけただけで本当は何もないからっていうの?」
「そうじゃなくて」
「もういいわよ」
「マリナ!」
「ごめん。食べたら急に眠くなってきちゃった。今日は早く寝ることにするわ」
あたしは居心地の悪さにその場から逃げるように歩き出した。
「待てよ」
フェリックスが追いかけてきた。
あんたはまだ食べ終わってなかったじゃない。
今は誰とも話したくない。
だけど後ろから手を掴まれた。
「痛い、離してよ」
「逃げないなら離すよ」
静まり返った食堂前の廊下にあたし達の声が響いた。
「もう少し待ってよ」
「待てないよ。シャルル様には思い出してもらわなきゃいけないし、マリナだってずっとこのままじゃ辛いだろう?」
「全部を話してもシャルルが全然思い出さなかったらどうすればいいの?あたしの引き出しには限りがあるわ。その全部を開け終えても何も変わらなかったらって思ったら怖いのよ。その後は?シャルルが思い出すまでじっと待ってろって言うの?!」
「シャルル様は思い出すかもしれないだろう?」
「あんたは鍵の場所が知りたいだけでしょ?!」
その瞬間、フェリックスは黙り込んでしまった。
言い過ぎたとは思ったけど、でも一度出してしまった言葉は取り戻せない。
フェリックスは拳をグッと握りしめ、堪えているように見えた。
あたしはその場から逃げるように駆け出した。今日は走ってばかりだわ。
一体あたしは何から逃げようとしているんだろう。
昨日寝ていなかったせいで気づいたら朝になっていた。
泣きながら寝たから目がパンパンだった。
昨日のことを謝ろうと思って、あたしは身支度をしてフェリックスの部屋に行ってみた。
ところがいくらノックしても返事がない。
まだ寝てるのかしら。
部屋に戻ってもどうにも落ち着かない。
フェリックスはお屋敷の中にいるかもしれない。
あちこち歩いていると、シャルルとジルの姿が見えた。
ジルがドイツから帰って来たんだわ。
「マリナさん、一人にしてしまってごめんなさい。今、帰りました」
「おかえり、ジル」
そんなあたし達の姿を見つめるシャルルの目はやっぱり優しい。
「もしかして思い出したのですか?」
ジルも何かを感じたんだと思う。
「いや、彼女に関することは何も思い出せない」
「でも一昨日とは打って変わってシャルルの表情が穏やかですね」
ジルもシャルルの変化に気づいていたんだ。
「マリナはオレにとって重要人物のようだ。まさか和矢とまで知り合いだとは想像もしていなかった」
さらりと和矢の名前を口にしたけど、シャルルは和矢とどうなったのか、そもそも殴り合ったことも忘れたままなのかもしれない。
「そうですよ。マリナさんは大切な方です」
和やかな空気が流れる中、ふとシャルルが辺りを見ていった。
「フェリックスは一緒じゃないのかい?」
「あ、うん。朝から姿が見えないの」
「喧嘩でもしたのか?」
心配そうに言われてあたしは何て答えたらいいのか迷った。
「喧嘩というか、少し言い合っちゃって」
するとシャルルは徐に携帯を取り出した。
「私だ、今どこにいる?そうか、ではすぐに戻れるんだな?」
一通り話し終えるとシャルルはあたしに向かって言った。
「フェリックスを呼んでおいた。戻ったら二人できちんと話をした方がいい」
「マリナさん、どういうことですか?」
ジルは状況が飲み込めていないようだった。それもそのはずよね。
「二人はいい仲らしい。さて、君はドイツでの成果を聞かせてくれ。じゃ、マリナ」
歩き出すシャルルの後に付いて行くジルは振り返りながら、あたしに何かを訴えるような目をしていた。
どこであたしはボタンを掛け違えたんだろう。
つづく