きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛のかけらを掴むまで 6

あたしはその手紙を握りしめて、隣のフェリックスの部屋に走った。 
ほんの数行のものだけど、なんと全部フランス語。
日本語で書きなさいよ、と思いながらここに来てから初めてのシャルルからあたしへの絡みに嬉しくなった。


「フェリックス!フェリックス!」


ドアを叩きながら呼びかけると、数秒もしないでドアが開いた。


「マリナ、どうした?」


あたしは部屋にあったその手紙を見せた。


「これ、フランス語だからわからないんだけど、最後に書いてあるCharles de Hardieってシャルルよね?」


フェリックスはさっと手紙に目を通すとパッと顔を上げた。


「間違いなくシャルル様の書いたものだね」


「ねぇ、何て書いてあるの?!」


するとフェリックスは目を細めた。


「異常がないか診てやるから、17時に私室に来るようにって書いてある」


思わずあたし達は目を合わせて無言になった。


「シャルルの部屋に?」


でも診るって言っても医療機器なんて部屋にあったっけ?


「そうなるね。これはもしかしたら、もしかするかもしれないよ」


フェリックスは何かを察したように言った。


「どういうこと?」


「シャルル様はマリナのことが気になっているんだよ。それで俺に牽制してきているんだ。その証拠にフランス語でわざわざ手紙を書いてるだろ。日本語だとマリナでも読めるからね。これを俺に読ませるのが目的なんだ」


「でもフェリックスに読ませてどうするのよ?」


「それはマリナに手を出すなってことだと思うな。部屋に呼ぶってことはそういうこと……なんじゃないかな」


そういうとフェリックスは頬を赤らめた。


「や、だ。変な想像するのはやめてよ」


「でも良い兆候が現れてきたんじゃないか?シャルル様が感情を揺さぶられているのは確かだしね。そうとわかったら準備をした方がいいよ。少し眠ってから行った方がいいんじゃないかな」


「ど、どういう意味よ?!」


「他意はないよ。めまいをまた起こすと大変だからね。シャルル様の部屋の場所はわかる?」


「ええ、わかるわ」


そうしてあたしはそわそわしながら夕方になるまで待った。
今日買ったばかりの服に着替えてシャルルの部屋に向かった。
翼館へ続く廊下を歩いていると懐かしさが込み上げてきた。
思っていたよりも早くシャルルと二人きりで話ができることが嬉しかった。
ドアの前で深呼吸をした。
ノックをしてしばらく待っているとゆっくりと中からドアが開いた。


「入って」


一歩中に入ると、シャルルの香りがふわりと広がっていた。
懐かしい……。


「そこへ座って」


あたしにソファに座るように言うとシャルルは向かいのソファに腰を下ろした。
シャルルはあたしをじっと見ると、膝の上に肘を付いて両手を組み合わせた。


「君はジルの友人だと聞いたが、二人はどこで知り合った?リセか、それとも大学?」


「どっちも違うわ。初めて会ったのはここよ」


「ここで?いつ?」


診てやるっていうのは口実でシャルルはあたしを怪しんでいるんだと思った。
シャルルの中にあたしの記憶はない。
どうやって説明したらいいんだろう。


「シャルルが……」


そう言ってからあたしは昨日のことを思い出して言葉を飲み込んだ。
気安く名前を呼ぶなって言われたんだった。


「シャルルさんが、カプセルに入っちゃった時よ」


その瞬間、シャルルは食い入るようにあたしを見た。


「なぜカプセルの存在を知っている?!」


「和矢が知ってたからよ。ジルがシャルル……さんの身代わりになっている時に初めて会ったわ」


「君は和矢とも知り合いなのか?」


あたしは頷いた。
シャルルは本当に何も覚えてないのね。
あたしのことだけすっぽりと。
すべてはあたしだけの中にしかない思い出なんだ。


「オレとはどこで知り合った?」


「ここでよ。和矢にシャルルを、シャルル……さんを紹介されて」


今のあたしじゃ、シャルルをシャルルって呼べないんだ。
そう思ったら言葉が詰まってしまった。


「シャルルでいい」


「え?」


「そう呼んでいたんだろう」


その瞳はさっきまでとは少し違っていた。
胸がいっぱいになってあたしは溢れそうな涙を必死に堪えた。


「オレは君を何と呼んでいた?」


「マリナって」


シャルルはこめかみに手をあてて、少し考え込んでいるようだった。


「マリナ……マリナ……」


シャルルは確かめるように何度も口にした。


「すまない。やはり思い出せない。が、これまでの態度と君を忘れてしまったことを謝るよ」


シャルルは申し訳ないといった顔をした。
その瞬間、あたしは抑えていた物が溢れ出した。
やっぱりダメなのかもしれない。


「ほら、顔がぐちゃぐちゃだ」


そう言ってシャルルはハンカチを差し出してくれた。あたしはそれを受け取り、気持ちを鎮めた。
シャルルの態度はずいぶんと軟化した。
だけど優しくされれば、されるだけ悲しくなった。
シャルルとこうして話せるようになることが目的じゃない。あたしはシャルルに思い出してもらいたいの。


「少し長くなってしまったな。君の立ち位置は理解できた。あまり引き留めているとフェリックスが妬くかもしれないから、また時間を取らせてもらってもいいかい?」


別にシャルルはフェリックスに牽制してるわけじゃなさそうだった。当初のフェリックスの思惑通りにシャルルはあたし達の仲を誤解している。
今ここで否定して、それでこれまでのあたし達のことを全部話したらシャルルは思い出してくれる?
あたしにはそれが怖くてできなかった。
すべて話し終えた時、シャルルに何も変化がなかったらって考えただけで怖い。


「いいわよ」


全部を話し終わる前にどうかシャルルがあたしのことを思い出してくれますように。
今はそれをただ、祈ることしかできない。

 


つづく