ぼんやりとバラの花を眺めているとドアが開く音がした。振り返るとそこには息を切らしたフェリックスがいた。
「ここにいたのか。シャルル様にマリナの所へ行けって言われたけどどうなってる?」
「すっかり誤解されてるみたいね。シャルルに電話で呼ばれたんだよね?」
「明け方、家から母が倒れたって電話が来て、病院に行ってたんだ。そしたらシャルル様からすぐに戻れるかって言われたんだ」
「お母さん大丈夫なの?」
「あぁ、軽い貧血だった。点滴を終えて家まで送り届けて来たとこだから大丈夫」
「それならいいけど。心配ね」
するとフェリックスはあたしの肩をグッと掴んだ。
「心配ね、じゃないよ。なんで違うって言わなかったんだ?」
あたしはフェリックスの腕を振り解いて背を向けた。
「昨日も言ったでしょ。怖いって」
フェリックスがあたしの前に回り込んできた。
「だからってこのままは良くないよ。シャルル様は俺に女を泣かすなって、幸せにしてやれって言ったんだぞ」
シャルルがそんなことを。
和矢と幸せになれって言われた時のことをあたしは思い出していた。
シャルルは自分じゃない他の人にあたしを幸せにしろって言ってばかりね。
あたしはシャルルが好きなのに。
涙が溢れそうになる。
「泣くぐらいなら勇気を出せよ」
「好きな人に忘れられたこともないくせに勝手なこと言わないで。苦しいけどどうにもならないの」
その瞬間、堪えていた涙が頬を伝った。
「だからってそんな風に泣かれたら、放っておけなくなるだろ」
「フェリックス?」
「俺ならマリナを泣かせたりしない。絶対に君のことを忘れたりはしない」
フェリックスがあたしの肩を掴んだ。
「俺が幸せにする。シャルル様を今すぐに忘れろなんて言わない。少しずつ俺を好きになってくれればいい。だから……俺じゃだめか?」
「待って、何を言ってるの?」
真っ直ぐにあたしを見つめるフェリックスの青い瞳が揺れている。
「マリナ、君が好きなんだ……」
「まだ出会ったばかりじゃない」
「好きになるのに時間は関係ない」
次の瞬間、あたしは息もできないほど強く抱きしめられていた。
フェリックスがそんな風に思ってくれてたなんて知らなかった。
だけどあたしが好きなのはシャルルだわ。
「フェリックス、離して」
あたしは後退りしてフェリックスから離れようとして一歩、二歩と下がるうちに後ろの壁にぶつかってしまった。
行き止まりだ。
するとフェリックスは腕を解いたかと思ったらあたしを囲むように両手をあたしの顔の横にドンと打ちつけた。
壁ドンだ……。
目の前にフェリックスの真剣な眼があってあたしを見下ろしていた。
「好きなんだ……」
悲しげに揺れる瞳を伏せてフェリックスは頬を傾けた。
「待って、フェリッ……」
あたしの言葉を遮るようにフェリックスの唇が重なった。
フェリックスの吐息がかかり、次の瞬間、舌があたしの口内へ滑り込んできた。
やだ、こんなの。
あたしはシャルルが好きなのに。
あたしは首を振ってそれから逃げようとする。フェリックスの手がそんなあたしの頬を掴んで離そうとしない。
「ん……っ!」
声を上げようにも口を塞がれてしまっていて言葉にならない。力で押さえられていて逃げられない。
「やめるんだ、フェリックス!嫌がってるじゃないか」
透明な声が響き渡り、フェリックスがパッとあたしから離れた。
つづく