翌日、佟弥は朝からどこかへ出かけて行った。あたしはこたつでゴロンとしながら、突然始まってしまった佟弥との共同生活に不安を感じながらも、うとうとしていた。
さすがに男の人が同じ部屋にいたからか昨夜は眠りが浅かったみたい。
するとキッチン横にある電話が鳴り響いた。
もしかして大家さん?!
そうは思ったものの、もしかしたら仕事の電話かもしれない。
もし大家さんだったら期限までに払えるってことを言えばいいんだわ。
佟弥がどうやってお金を用意しようとしてくれてるかはわからないけど、それよりも今は仕事がほしい。
あたしは急いで受話器を取った。
「はい、もしもし」
「今度から池田さんの担当になった佐藤だけど、30日までにネーム持って来られる?」
うわ、新しい担当だ。
この横柄な態度もいつか改めさせてやるわ。
「プロットじゃなくてネームでですか?」
「そう、流れ見せてもらうから。ページは16で。じゃ、よろしく」
それだけ言うとガチャリと電話は切れた。
これまではプロットっていうストーリーのだいたいの流れを松井さんに見てもらって、そこからネームを描くって順番だったけど、やっぱり全然違うんだわ。
プロットはすっ飛ばしていきなりネームでだなんて体よく遇らうつもりなのかもしれない。つまり最後通告ってことだ。
日の目を見ないマンガ家の足切りってやつだわ。
ここは何としてでも佐藤さんに認めてもらうしか生き残るすべはない。
ただネームまで描くとなるとボツだった時、苦労して描いた分が全部パーってことよ。それだけは避けたい。
紙だってタダじゃない。それに時間だって無駄になってしまう。
とにかく気に入られる物を描かなきゃ。
カレンダーを見てあたしは焦った。30日までってあと6日じゃない!
今日中に登場人物の設定を決めて、ストーリーまで考えなきゃ間に合わない。
ネームってコマ割りやカメラアングル、セリフ、それに表情を大まかに描くんだけど、今回はある程度ちゃんと描いていった方が良さそうだし、そうなると時間が足りない!
部屋の中をうろうろとするばかりで気持ちばかりが焦った。
どうしようっ!
とにかくプロットからだわ。
さっそく机に向かったものの何も思い浮かばない。
そうこうしているうちに、コンコン、コンコン、そしてもう一度コンコンとドアを叩く音がした。
佟弥だわ。
大家さんと区別するために3回ノックしてって決めたんだった。
「ただいま」
玄関を開けると佟弥が立っていた。
「おかえり」
温もりにも似た何かがあたしの中に流れ込んできた。誰かと暮らすってこういうことなのかもしれない。
その瞬間、胸がチクリとした。
あたし、何やってるんだろう。
「はい、これ」
佟弥は手にしていた袋をあたしの前に差し出した。
「何これ?」
受け取った瞬間、ふわりと甘い香りがした。
「今日はクリスマスじゃん。駅前の商店街で買って来たんだ」
ケーキ?!
そっか、今日はイブだったわね。ここのところ外にも出ない生活してたからすっかり忘れてたわ。
嬉しい反面、あたしは自分が何も準備してないことに負い目を感じた。
「ごめん。あたし、何も用意してないわ」
すると佟弥はもう片方の手にしてた袋を得意げに見せた。
「ほら、こっちもあるぜ」
佟弥は屈託のない笑顔でそう言うと、流し台の横に袋を置いた。
「皿とか出しといてよ。俺、手を洗ってくる」
こうして昨日会ったばかりの佟弥と二人であたしはクリスマスを過ごした。
何年ぶりかに食べたチキンやケーキはすごく美味しかった。
「なぁ、マリナってマンガ家なの?」
後片付けをしていると机の上に置いてあった原稿を佟弥が目にしたようだった。
「そうよ。全然売れてないけどね」
「へぇ。どんなの描いてんの?」
どきっ!
隠すことじゃないけど何か言いにくいな。
「ずっと少女マンガをやってたんだけど」
「今は違うの?」
「う、うん。ジャンルを変えたの」
「そうなんだ。これ、主人公?綺麗な顔してるけど男?」
「あっ、待ってそれはっ……!」
慌てて駆け出したところで間に合うはずもなく、佟弥が下書きの紙を手にした瞬間、重ねてあったもう一枚の紙がはらりと床に落ちた。
「これって、俺?」
つづく