あたし達の会話を聞いてなければ知らないはずのこともシャルルは知っていた。
でも全部は聞いてないってどういうこと?
不思議に思ったあたしはそのことを聞いてみた。するとシャルルはポケットから何かを取り出した。
「君が高久にこいつを渡したところまでしか聞いてない」
「あっ、それ」
シャルルの手に握られていたのはあの赤いリボンの付いた鍵だった。前にちゃちな鍵呼ばわりしていたから、あたしはてっきりシャルルがまたピッキングで鍵を開けて入ってきたんだと思ってたけど違ったんだ。
シャルルはそれを目の前のテーブルに苛立たしげに置いた。
「でも付き合うって話になったのを知ってたじゃない」
たしかあれは合鍵を渡した後の話だわ。
「この鍵の話から先はジルに聞かせた。付き合う話もジルの報告で知った」
二人で前半と後半で手分けして聞いたんだわ。シャルルが後半の担当じゃなくてよかった。でもジルはあたしがシャルルを好きだってこと報告しちゃったのかな。
シャルルの態度からは何も読めないけど。
「たしかに何日分も聞くのは大変だったよね。ジルにも迷惑かけちゃったな」
訴えを取り下げさせるために二人で証拠を探してくれたんだ。
あたしが謝るとなぜかシャルルはそっぽを向いた。
「人の気……も知ら……で」
ボソリとシャルルが言った。
「え、何?」
なんて言ったかわからなくて聞き返すとシャルルはため息をついた。
「君が男と同棲してる部屋の音声など聞けるはずないだろ。聞きたくもない」
最後は吐き捨てるように言ったシャルルの言葉が胸に刺さった。
あたしは佟弥とそういうことになるなんて全然考えてなかったけど、ここに来た時にシャルルに言われた言葉を思い出した。
ーー男が本気を出したらどうなるかーー
そうだわ。
たまたま何もなかったからよかったけど、もしも……って考えたら急に怖くなった。
佟弥とは何もないから大丈夫なのに、なんて簡単には言えなかった。
「ごめんね」
「今回は君が不本意に貞操を脅かされることがなくて良かったとしよう。これからは人を簡単に信じるなよ。毎度助けてやれるわけじゃないからな」
シャルルの優しさを感じていた時、ブブブっと何かの振動音がした。
それに反応してシャルルがポケットから携帯を取り出した。
「私だ。あぁ、付き合わせて悪かったな。こっちももう終わりそうだ。君は娘たちへの土産でも見ながら待っててくれ。そうだな、では空港のラウンジで落ち合おう」
会話を聞いていたあたしはその瞬間、自分の足元がガラガラと崩れ落ちていくような感覚になった。
シャルル、結婚したんだ。
あたしは何を勘違いしていたんだろう。
シャルルが助けにきてくれたのは友達としてだったんだ。
そっか。
「結婚したんだね」
声をかけると一瞬の間を空けてシャルルはわずかに視線を逸らせると頷いた。
「あぁ。一昨年の春にね」
それってあたしと別れてすぐだわ。
あれからすぐにシャルルは結婚をしたんだ。あの後だったら恋愛結婚ってことはなさそうだから家柄の釣り合う人としたのかもしれない。
それにしても子供がいるってことは、そういうことも……。そりゃ結婚したなら当たり前なんだろうけど知りたくなかった。
視界が揺れるのを必死に堪えた。
「そう」
おめでとうって言わなきゃ、そうは思うけど胸の奥が苦しくて言葉が出ない。
つづく