きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

時を越える夢 13

朝桐医師に感謝と処置を終えたことを伝えてメディカルセンターをあとにした。オレは自分のコートを脱ぎ、マリナにそっと羽織らせた。

「できればどこかの店に寄りたいところだが今は時間がない。これで我慢してくれ」

「でも……」

まただ。
マリナがオレに遠慮がちな態度を取るのは再会してからこれで二度目だ。本来の彼女なら自分の欲求を優先するはずだ。寒ければオレからコートを奪うぐらいしそうなものだが、こう遠慮ばかりされているとマリナの意思で本当にここまで来てくれたのだろうかと不安になる。
事件後も慌ただしかったせいでゆっくりと話せていないからなのか。

「君に風邪を引かれる方が困る」

マリナが着ていたコートは朝桐医師に処分を頼んだ。血痕が付いたままでは目立つ上におそらく搭乗拒否されるだろう。
さすがにセーターまで脱がすわけにはいかず血で汚れていた部分はあらかたハサミで切り落とした。
時間があればマリナに確認しておきたいことがいくつかあったが、それらはパリへ持ち越すことにし、ファーストクラス専用の搭乗口へと急いだ。

羽田からドゴール空港へ向かう便は昼と夜の2便あるが、夜便はパリに到着するのが早朝になることから昼便を選ぶ客が多いのだろう。8席しかないファーストも平日だというのに満席だ。
ミシェルを代役にして日本へ来ているためここにオレがいることはあまり公にはしたくなかった。他の利用者もいる手前、機内ではマリナを気にかけながらも距離を置いて過ごした。
フライトは順調で予定どおり16時すぎにはドゴール空港へ到着した。
ポールには黒のコンチネンタルGTで迎えに来るように言っておいたのだが、まだ来ていないようだ。あれならフルスモーク仕様でこういう時に最適だ。
渋滞にでも遭っているのか。
そこへ白のメルセデスS-580がゆっくりと近づいてきてオレ達の前で停まった。

こちらもフルスモーク仕様なので中がよく見えない。

「乗って下さい」

助手席のパワーウインドウが降りてきて、
そう声をかけてきたのは今ごろはパーティーの準備に追われているはずのジルだった。マリナに先に乗るように言い、オレもその後に続いた。

「おかえりなさいませ、シャルル様」

ポールが運転席から振り返ってオレに挨拶を済ませると早々に車を出した。

「ジル、何かあったのか?」

ミシェルとオレが入れ代わっているとわかるのも時間の問題だと思っていた。あくまでもあれは、オレがパリを発つまでの時間稼ぎにすぎない。
邸の中の人間に知れたところでオレの代わりが立つことはこれが初めてではない。外の人間に対して必死に隠そうとすることはあっても、騒ぐことはないだろうというのがオレとミシェルの答えだった。
それが代役に立ったこともあるジルがわざわざ空港まで来たということはきっと代役のことではない別の何かがあったに違いない。

「それがパーティーの中盤で予定している……」

ジルはそこまで言うとほんの一瞬だけマリナに視線を向け、そして言葉を止めた。
パーティーは招待客の挨拶から始まり、中盤にフルールを正式に婚約者として紹介する流れになっている。
隣にマリナを連れている今のオレにこの話題は適切ではないと思ったのだろう。
だが世界中に向けて発信されたオレの婚約に関する話はマリナの耳にも届いていたはずだ。
そのことがマリナが隣にいるというこの現状に至るきっかけになったのは間違いないだろう。今さら隠す必要もない。
どちらにしろフルールとの婚約は解消させてもらうつもりだ。
オレは当主になるためだけにフルールとの婚約を選択したが、今はあの時とは状況が違う。こうしてマリナがオレの隣にいる以上、たとえ親族達が反対しようが、どんな手を使ってでも婚約は白紙に戻す。
ただ問題はそれをウォンヌ家が受け入れるかどうか、もし騒動にでもなってモザンビークへの支援の障害にならなければと願うだけだ。
このことはパーティーの後でマリナと二人きりの時にきちんと話そうと思っていたことだったが。
オレは隣に座るマリナの手をそっと握った。


「フルールとの婚約は解消する。だからジル、隠さず全て話せ」


その瞬間、マリナはハッとした表情でオレを見上げた。


「それが今朝……」

 

 

つづく