羽田空港に着くと見覚えのないターミナルへと車が近づいていく。
さすがのルパート大佐も日本の空港のことについてあまり明るくないみたいね。運転手の間違いに気づいてないんだもの。
「ねぇ、さっきの道を右じゃない?国際線の発着は向こうのターミナルよ。戻った方がいいわ」
あたしは身を乗り出し、そっと運転手に教えてあげた。
「いえ、しかし……」
運転手がそう言いかけた時、
「一般客はそうだろうが、我々がこれから搭乗するのはアルディ家所有のプライベートジェットだ。残念ながら一般人とは入り口が違う。わかったか」
ルパート大佐は腕を組んだままの姿勢を崩すことなく、冷やかな視線だけをあたしに向けた。
アルディ家所有のプライベートジェット?
自家用機ってこと?
パリでの逃亡劇の時もたしかこの人、ヘリやら船やら使ってたものね。
「あら、相変わらずやることが派手なのね」
悔しくて皮肉を込めて言うと、
「戦闘機で来なかっただけマシだと思え」
うぅ……地味にプライベートジェットで来てくれてありがとう。
初めて知ったんだけどプライベートジェットってタラップまでは車で横付けができるの。しかも出国手続きの待ち時間もなくてあっという間に離陸。
これまでも何度かパリに行ったことはあるけどエコノミークラスとは比べものにならないわね。
もちろん座席もゆったりしていた。
このジェット機の定員は12名らしいんだけど、実際に乗っていたのは操縦士と副操縦士、添乗員の女性が2人、あとはルパート大佐と部下の2人、それにあたしの8人だけ。
コックピットは独立していて操縦士とは最後まで顔を合わせることはなかった。
ドゴール空港までは約10時間。
その間は機内後方にある個室スペースを好きに使えと言われた。
部屋にはバラの花が飾られ、壁には絵画まで飾られている。
一つ一つがシャルルが選んだものかもしれないと思うだけで胸が熱くなる。この部屋全体からシャルルを感じられるような気がした。
五年前のあの日、あたしは和矢を選んだ。
空港で和矢の姿を見た瞬間、導かれたように魂がまっすぐに和矢へと向かって行くような気がしたの。
だけどそれが間違いだって気づいたのはしばらく経ってからだった。
今思えば、和矢に感じていたのは懐かしさだったのかもしれない。
次第にシャルルへの想いは募り、いつしかあたしはシャルルの夢を毎日のように見るようになっていた。
どんな夢だったのかは覚えていない。
泣きながら起きたことも何度かあった。
そしてそれは和矢がうちに泊まりに来た日も例外ではなかった。
その日、泣きながら目を覚ましたあたしを隣で「大丈夫か?」って和矢は心配そうに覗き込んだ。
「うん、よく覚えてないけど、悪い夢でも見てたのかも」
そう答えると和矢はすがるように後ろからあたしを抱きしめた。
「あいつのことが気になるのか?」
和矢の声が震えている。
「急にどうしちゃったの?」
そういって振り返ると、そこには悲しげな色を宿した和矢の黒い瞳があった。
「お前、シャルルって言ってるんだ。それもさ、泣きながら何度も……だ」
言われた瞬間、ハッとした。
いつかあたしが泣きながら起きる瞬間を見られるんじゃないかとは思っていた。
でもまさかシャルルって言ってるとは思ってもいなかった。
「ごめん和矢、気分悪いよね。でも泣くなんてあたし、今日はどうしちゃったんだろ」
あたしは自分の気持ちをごまかすように唇を噛んだ。
するとあたしを抱きしめていた和矢の腕がふっと離れた。
「実は今日だけじゃないんだ」
「えっ?」
驚くあたしの横で和矢は起き上がり、そばに置いてあったTシャツを手にとる。
「やっと踏ん切りがついた」
そういってTシャツの袖に手を通した。
「和矢……?」
見上げるあたしの視線に合わせるように和矢はあたしの前にしゃがみ込んだ。
「オレ、ずっとお前が好きだったから手放したくなかった。仕方ないだろ?あんな風に再会して告白されちまったら誰だって離したくなんてないよ。でもお前が泣いてるのを見る度に思ったんだ。マリナに幸せになってもらいたいって。本当はオレが幸せにしてやれたら一番良かったんだけどな。遅くなってごめんな」
和矢は大きな手であたしの髪をくしゃっと撫でると揺らめく瞳であたしをまっすぐに見つめた。
「あたしもあんたの事がずっと好きだった。でも……」
それ以上は聞きたくないと言わんばかりに、和矢はあたしの言葉を飲み込むように唇を重ねた。
それがあたし達の最後のキスだった。
つづく