「こんな所で何をしているんですか?」
声をかけてきたのはマクソンだった。
ジリジリと照りつける陽射しを浴びるようにベンチに座るあたしが奇妙に見えたのだろう。
心配しているというよりはむしろ何を考えているのかと責めているような言い方だった。
たしかにホテルの玄関からやや離れた場所にポツンと置かれた木製ベンチは陽射しを遮るものは何もなく、装飾のある金属フレームは熱を持ち始めていた。
たぶんこのベンチはこの島でタクシー代わりに利用されているゴルフカートを待つ人のために置かれているんだと思う。
あたしはネックレスを失くしたこと、ホテルから締め出されてしまったこと、そしてホテルの前でシャルルが来るのを待っていることをマクソンに話した。
「それは大変でしたね。だけどこんなに陽射しが強い中に長時間いたら脱水症になってしまいますよ。
ほら、もう顔が真っ赤じゃないですか。とにかく涼しい所へ、話はその後で」
マクソンに言われてあたしはベンチから立ち上がろうとして足元がふらつき、そのまま倒れこむようにして意識を失った。
***
黄色がかったクリーム色の天井がぼんやりと見える。ここはどこ?
「マリナさん、気分はどうですか?」
「あの、あたしどうしちゃったの?」
「ホテルの前で倒れたんです。熱射病だそうです。ここは病院で処置をしてもらったところです」
そっか。
あたしホテルの前で急に眩暈がして倒れたんだ。
「ありがとう、マクソン。あんたには2度も助けてもらっちゃったわね」
「いえ、それよりお医者さんがマリナさんが目が覚めたらもう帰ってもいいと言ってましたが、先ほどの話だとホテルには戻れないんですよね?」
ぼんやりとしていた頭が徐々にはっきりとしてきた。そうだ、あたしが病院にいるなんて誰も知らないんだ。
あたしが居なくなってジルもきっと心配しているわ。
「ねぇ今、何時?!」
「お昼の1時を過ぎたところです」
シャルルが到着する頃だ。
あたしを締め出したあの壮年の男性にギャフンと言わせてやらなきゃ!
あたしは体を起こし、ホテルまで送ってくれるようにマクソンにお願いした。
「わかりました。たしかにお連れの方も心配していますね」
ホテルまではそう遠くもないらしくあたし達は海岸沿いの一本道を歩いてホテルへと向かった。
しばらく歩いているとあたしがここへ降り立った海岸が見えてきた。観光シーズンとはいえ、かなりの人だかりだわ。
「何かしら?」
「何かあったのでしょうか?ちょっと聞いてきます」
マクソンはそういうと近くにいた人に声をかけに行った。地元の人は海を指差しながらマクソンに興奮した様子で話している。人食い鮫でも出たとか?
あたしは碧色の海を見ながらゾクっとした。話を聞き終えたマクソンはすぐに戻ってきた。
「なんでも観光客が海で遭難したらしいんです。その人の連れの方がフランスの何とかっていう有名な方らしく島のダイバー総出で大捜索をしているんだそうです」
そういうとマクソンはどこか落ち着かない様子で海を見つめた。
その時、男の人がこちらに駆け寄ってきてマクソンと何やら話し始めた。
2人が何を話しているのかは分からなかったけどダイビングがどうとか、一緒に行こうとか言っているようだったけど、マクソンはそれを断っているみたいだった。
それでも男の人は笑顔を見せると励ますようにマクソンの肩をバンバンと叩き、人だかりの中へと消えていった。
「ねぇ、何かあったの?」
「いえ、彼は昔のダイバー仲間で僕にも捜索に参加してくれないかと言ってきたんです」
「あんた、遺跡のガイドだって言ってたからてっきり泳げないのかと思ってたけど……」
「いえ、半年前まではここでインストラクターをしていたんですが、父が半年前に行方不明になって、それからは父の代わりに遺跡のガイドをしているんです」
「そう、お父さんが……」
マクソンは頷くと悔しそうに拳を握りしめた。
「父は島民にしては珍しく泳ぎが苦手でした。警察では誤って海に転落したか、波にさらわれたんじゃないかって。でも父が海に近づいたなんて考えられない」
あたしはなんて声をかけていいのかわからずにいると、
「すいません、変な話をしてしまって。では行きましょうか」
あたし達が歩き出そうとしたその時、
「マリナーっっ!」
この声は!
あたしは声のする方へ振り返った。
つづく