「今朝、ホテルの前で財布をすられたと駆け込んできた男がいたそうだ。その男の話では犯人はワンピースを着たアジア系の背の低い女だったらしい」
そう言ったシャルルの視線はあたしを上から下まで見下ろし、何か言いたげだ。
「あ、あたしは何もしてないわよ」
あたしはマキシワンピの裾をぎゅっと掴んだ。
その犯人ってまるであたしじゃない!
だけどあたしは何もやってない。
「だろうな。君には動機がない。だが男が言っていた犯人の特徴は明らかにマリナ、君だ」
「それって……」
「あぁ、君は嵌められたんだ」
人の悪意に触れ、胸がぎゅっと苦しくなった。それはまるで思いもよらぬ方向から身体の芯を射抜かれたような感覚だった。
「その場でスリに気づくのはまず不可能だ。ところが男はそれに気づき、実によく犯人の特徴を覚えていた。それこそフロント係が君を見てピンと来るほど詳細にね」
「その男って一体誰なのよ?!」
「マクソンだ」
えっ?
「だってマクソンは何度もあたしを助けてくれたのよ。何かの間違いじゃ……」
ーーあいつを信用するなーー
海岸でのシャルルの言葉が頭の中でこだまする。
でも、どうして?
「考えてもみろ。マクソンはなぜスリに気づきながら追いかけなかったんだ?相手は小柄な女性だったと証言している。自分で捕まえられそうなものじゃないか。それをわざわざホテルに助けを求めに来るなんておかしいと思わないか?」
たしかに。
「でもなんでそんなことしたのかしら?」
シャルルの挑戦的な瞳がぎらっと光る。
「初めからスリなんていなかったってことだ。おそらくマクソンの目的は君を孤立させることだった。だから警察を呼ぶわけでもなく、フロント係に助けを求めたんだ。
厄介ごとを嫌ったフロント係は君を見てまんまとホテルから追い払った。
あとは自作自演した舞台でマクソンは見事に君に近づき、そして……オレにたどり着いた」
「シャルルにっ?!」
「あぁ。あいつの目的は最初からオレだったんだ。君たちがこの島に着いた時からあいつはオレに接触する機会を狙っていたんだろう」
「でもなんで?」
「それを今から調べに行く。アドルフ、車を用意しろ。
マリナ、君はジルと食事でもしておいで。朝から何も食べていないのだろう」
歩き出そうとするシャルルの腕をあたしは慌てて掴んだ。
「ねぇシャルル、もうマクソンのことは放っておかない?」
「どういうことだ?マリナ、まさかあいつのことが気になっているんじゃないだろうな」
「ち、違うわよ。そんなんじゃなくて……」
だいたいあたしはマクソンに助けてもらっただけで迷惑をかけられたわけじゃない。ホテルから出された時はびっくりしたけど、そもそも部屋から出たのは自分だもの。仕方ないわ。
それにどうしてもあたしにはマクソンが悪い人とは思えなかった。
嘘までついて何がしたかったのかは知らないけど、もういいんじゃないかって思い始めていた。
「あたし達の時間がなくなるだけじゃない。せっかくバカンスに来たんだからもう良くないってことよ」
「そうはいかない。不本意ではあるがマクソンに頼まれたこともある。一度約束したことをオレは反故にできない。それに気になることが一つあるんだ」
そういえば海岸でマクソンはシャルルにお願いをしてたっけ?あれって何だったのかしら?
「気になることって何?」
「今の段階では何とも言えない。だがその答えは遺跡にあるはずだ」
つづく