きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

碧色のバカンス1

降り注ぐ太陽と目の前に広がるのは澄みきった碧い海。あたしは手をかざし、空を仰いだ。
胸いっぱいに吸い込んだ風は夏の匂いがした。眩しさに目を細めていると後ろからさっと日傘が差し向けられた。

「マリナさんもどうぞ」

振り返ればお揃いの黒い日傘を手にしたジルがにっこりと微笑んでいた。

「海辺は特に紫外線量が多いので油断できませんよ」

「たしかにパリとは比べ物にならないぐらいギラギラしているわね」


あたし達は中南米にあるカリブ海のサンペドロというリゾートアイランドに来ている。パリから13時間近く飛行機に乗り、さらにベリーズシティの空港からクルーザーで約1時間かけてこの島に渡った。
本当ならシャルルも一緒に来る予定だったんだけど出発の2日前になって急にカナダの国立動物循環研究所というところから呼び出しがかかり、シャルルは急遽カナダから直接ここサンペドロに入ることになった。何でもシャルルが開発した人工心臓を埋め込んだ羊がまもなく出産を迎えるらしいんだけど、万一に備えてシャルルも立会うことになっていたの。それが予定より2週間ほど早く出産が始まりそうだってことだった。無事に出産することができたら世界初人工心臓を埋め込んだ羊の出産になるんだって。ただし出産まで数日かかる場合もあるからとシャルルは旅行の延期をあたしに提案してきたの。

「だったらあたしは予定通り現地入りしているからシャルルもそっちが片付いたら来るってことでいいじゃない?」

「だめだ。仔羊のような君を一人で行かせられるほどオレの心臓は強くない」

いやいやシャルル……色々混ざってない?と思いつつあたしは強い味方、ジルの腕に自分の腕を絡めた。

「ジルが一緒に来てくれるのよ。何も問題ないわ。それにいつもみたいにSPの人にも来てもらうから」

いつの間に結託したんだと言いたげな瞳でシャルルはジルをちらりと盗み見た。

「出産が前後する可能性がある今、カナダからわざわざパリまで戻るよりも終わり次第トロント空港からベリーズへ向かった方がお二人だけでのんびり過ごす時間がとれるのではないですか?」

それからしばらく考え込み、「お二人だけで」の言葉に気を良くしたのかは定かではないがシャルルは現地集合を渋々ながらも受け入れてくれてあたしはホッと胸を撫で下ろした。
だって出産を見届けて空港まで急いだとしてもカナダからパリに戻るだけでも8時間はかかるのよ。そこからさらにベリーズまで13時間なんてかけてたら4日間の滞在予定がどんどん短くなってしまう。
それならトロントからベリーズまで6時間で来れちゃうんだもん。そっちの方が絶対に無駄がないわ。




砂浜へを歩き出そうとした時、海風が吹いてあたしの持っていた日傘が風にあおられ宙へと舞い上がっていく。

「うわ、傘……」

あたしが追いかけようとするよりも早く、飛ばされていった先にちょうど居合わせた若い男の人が風に踊り、不規則に舞う日傘をジャンプし、見事キャッチしてくれた。
その青年はウインクをするとあたしの方へと駆けて来て、日傘を差し向けてくれた。
あたしはお礼を言ってそれを受け取った。

「海まで飛ばされなくて良かった。ここは日傘なしではお嬢さんのような白い肌の方はすぐに焼けてしまいますからね。この後はどちらに行かれる予定ですか?」

青年は人懐っこい性格のようでニコニコと話しかけてきた。さすがはリゾート地ね。普段見かけない人間を見たらどこへ行くのかと聞くのが普通なんだわ。

「今日はもうこのままホテルでのんびり過ごすだけよ。観光は明日かな。セスナでグレートブルーホールを遊覧飛行するの」

「それは楽しみですね。ところでどちらのホテルに宿泊されるんですか?」

これも常套句ね。観光客なら必ずどこかの宿泊施設に行くはずだもの。

「たしか、カリブリゾートオーシャンってとこだったかな?」

「あぁ、それなら僕の家のすぐ近くです。良かったら案内しますよ。ゴルフカートをすぐそこに停めてあるので持ってきます」

ここサンペドロでは車を見かけることはほとんどない。市民の足はもっぱらゴルフカートなんだって。
あら、ちょうど良かった。
この青年の家の近くなら一石二鳥ね、とジルに言おうとしたら、

「せっかくですが、車を手配してありますので結構です。アドルフ、お礼を」

ジルはアルディ家から同行させていたアドルフを呼びつける。彼はジルの秘書でありSPも兼任する凄腕なの。シャルルもアドルフが一緒ならあたし達だけで先に行っても良いって言ってくれたの。

アドルフは内ポケットから財布を出し、ドル紙幣をマクソンに差し出した。

「親切にして頂いたお礼です」

青年は慌てて両手を振った。

「そんな、困ります。大したことはしていませんので」

ほんの気持ちだからとジルは言い、青年は気にしないで下さいとしばらく押し問答が続き、青年がそれならとポケットからメモとペンを取り出してサラサラと何かを書き始め、ジルに渡した。

「僕はマクソン・バロンと言います。実はマテカ遺跡のガイドをしているんです。なのでもし滞在中に遺跡を観光することになったら僕に案内をさせてもらうっていうのはどうですか?最近ではブルーホールの人気にすっかり押されてしまってガイドの台詞を忘れてしまいそうなんですよ」

後頭部に片手を回し、くしゃくしゃっとかきながら人懐っこい笑顔を見せるマクソンを見ていたらここで断るのも可哀想に思えてきた。

「ジル、それ貸して」

あたしはジルが手にしたままのメモを受け取った。

「じゃあこうしない?シャルルが行くって言ったらガイドを頼むっていうのはどう?
もし行かないって言ったら、マクソン、その時は申し訳ないんだけど」

あたしがそういった途端、マクソンは慌てて両手を振った。

「それで十分です。元々僕はジャンプして傘を取っただけですから」

そういって再び後頭部をくしゃくしゃっとかきながら照れたように笑った。どうやらこれは彼の癖のようね。

「ではご連絡お待ちしていますね。あっ、そうだ。お名前をお伺いしてもいいですか?」

マクソンは突然思い出したかのように左の手のひらに拳にした右手をポンと打ちつけた。

「あたしはマリナ、池田マリナよ。それから彼女はジル。そして彼は……」

「彼はアドルフさん、でしたね。ジルさんがそう呼ばれていましたね」

マクソンはあたしの言葉をさらりと引き継いでみせた。あたしが一度聞いただけで名前を覚えられるなんてすごいのねと感心していると、

「ガイドをする時は多い時で10名ほどの参加者の顔と名前を覚えるので」

「そうなのね。じゃあ……」

「マリナさん、そろそろ」

ジルはあたし達の会話を打ち切るように割って入る。

「あぁ、そうね」

「ではマクソンさん私達は先を急ぎますので失礼します。ガイドの件は連れに確認して連絡します」

マクソンと別れあたし達は少し先にヤシの木が立ち並ぶ白い砂の上にはおよそ似つかわしくない一台の黒塗り車に乗り込みホテルへと向かった。
車の中でジルは何度も言うようですがと言ってあたしに再度釘をさした。

「マリナさん、今回のバカンスはあくまでもお忍びです。不用意にアルディの名は出さないようにお願いします」

「大丈夫、わかっているわ」


つづく