きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

銀色のタイムリミット(後編)

屋敷に戻り、玄関ホールに足を踏み入れた所でこちらに向かって歩いて来るルパートの姿が目に入った。
普段はオレの出迎えに立つこともないルパートがこうして姿を見せたということは、彼女が現れなかったことをすでに把握しているのだろう。
部下にオレの後でもつけさせていたのか。まったく食えない奴だ。
ルパートはオレの前まで来るとピタリと足を止めた。

「悪あがきは済んだか。会議の開催まであと三時間十二分六秒だ。せいぜい、どの相手にするのか考えるんだな」

「考える必要などないさ。リストの最初に載っているご令嬢で構わない」

「すでに決まっているなら開催を早めるか?」

「いや、予定通りでいい」

「わかった」

そう言うとルパートは表情一つ変えずに踵を返し立ち去った。
オレの予定はあくまでも決定だ。
あと三時間。オレの未来は決まる。
相手には悪いが子をもうけるつもりは毛頭ない。ただ当主になるためだけの契約だ。
私室に戻り、いつもの椅子へと腰を下ろした。目の前のデスクには候補者リストが置かれている。手に取り、それをゴミ箱へと投げ入れた。
名も知らぬ相手との愛のない結婚。この家に生まれ落ちた時からオレに課せられた決定事項が今、実行されるというだけのことだ。
夢の続きさえも見終えてしまった。
窓辺に立ち、外を見れば再び雨が降り出していた。今夜も雪になるのだろうか。
銀色の雪はオレに希望と孤独を運んで来た。これから先、オレはこうして雪を見るたびに今日という日を忘れはしないだろう。

午後七時四十五分、オレは親族会議に参加するために部屋を出た。会議室は本邸の西側にある渡り廊下でつながっている。歩いても五分とかからない。
カウハイドを使用した重厚な革製の扉を開けるとすでに全員が揃っており、オレの姿を見ると敬意を表すかのように全員が起立した。

会議室は紫紺色の毛足の長い絨毯が敷き詰められ、部屋の中央には直径五メートルは優に超える円卓が置かれている。
皆が見守る中、オレは円卓をゆっくりと半周し、アルディ家当主席の前でピタリと足を止めた。
オレが全員をぐるりと見渡してから着席すると、それに倣うように皆も腰を下ろした。

「あと七分十二秒だ」

時計を見ながら隣に座るルパートが言った。当主席を中心として右隣に議長を務めるルパート、そして左隣には父のすぐ下の弟スティードが座る。
次期当主候補であるオレに続いて、彼が当主継承権第二位だからだ。
あとは順に本家との繋がりの強い順に席が決められている。出入口に近い席、つまりオレの正面の席が末席となる。
会議室内は静寂に包まれていた。
始めるか?とでも言いたげな顔でルパートはちらっとオレを見る。
オレは静かに首を振った。
長い沈黙の中、走馬灯のように彼女との思い出が頭の中を駆け巡った。
初めての恋、何よりも誰よりも大切だと思えた愛しい人。彼女はいつだって突然現れてはオレを翻弄した。だが悪い気はしなかった。友情、同情、そして僅かかもしれないが愛情をオレに向けてくれた。この想い出とも今日でお別れだ。
これからのオレは、ただアルディ家当主として生きるのみだ。



「では、これよりアルディ家親族会議を始める」

ルパートの凛とした声が会議の開始を知らせる。
当主となるためにオレは婚姻をしなければならなくなった。だがオレは捨てきれぬ夢を最後に見た。

次回の会議開催までにもし彼女がアルディ家の人間となる覚悟を決めた上で、この場に姿を見せるのであれば、オレの婚約者と認めてもいいというのが条件だった。
オレは誰が相手であろうと子をもうけるつもりはないとした上で、彼女となら……と彼らに揺さぶりをかけた。
親族連中はアルディ家直系の血を絶やすことを恐れ、オレの条件をやむなく飲んだ。
いや、ルパートはこうなるとわかっていて、オレの条件を飲むように親族連中を誘導したのだろう。
叶わぬ夢は叶わぬまま、気が済むまでやらせておけば、そのうち目を覚ますはずだとでも言ったのだろう。
そしてオレにその気がなくとも最先端技術がオレの遺伝子を未来へ繋ぐことは簡単なことであると。
それが今回の交換条件でもあった。
期限を設け、彼女を迎える準備をする代わりにオレは遺伝子情報を提供した。
小菅での別れを間近で見ていたルパートならこの結末が予想できたはずだ。
そして彼女はやはり姿を見せなかった。あとは形ばかりの結婚、そして直系男子の誕生を待つのみだ。

ルパートはリストに視線を落とし、なぞるように読み上げていく。

「シャルル本人の希望により、候補者リストの一番上、我がアルディには及ばずとも旧公爵家である名門ベルレアン家のご令嬢ティファ……」

その時、入口の革製の扉が大きく開かれた。そこには室温調整されたこの場には不釣合いなキャメルのダッフルコートに白のニットワンピース姿の彼女が肩を大きく上下させながら立っていた。

「ちょっとシャルルーーっっ!時間制限があるならちゃんとそう書いてくんなきゃ……」

オレは狐につままれたような気持ちになった。来るはずがないと思っていた彼女が突然目の前に現れ、オレの名を呼んでいる。
オレは吸い寄せられるように椅子を蹴って駆け出した。

「マリナっっ!!」

夢か幻か?
それを確かめるかのようにオレはマリナの体を強く抱き寄せた。

「シャルル……遅くなってごめん」

「あれから五年。君を手放してからもオレは君を忘れたことなど一度もなかった。愛してる、今も変わらず君だけを」

マリナがオレの腕の中で震えている。
そっと腕を解き、顔を覗き込んだ。涙で濡れた瞳がそこにあった。

「あんたと別れたこと、ずっと後悔していた。でも今さらどうして良いかわからずにいたの。そしたら突然これが来たの」

マリナはコートのポケットから大切そうにオレの書いた手紙を出した。
オレの想いはちゃんとマリナに届いていた。それだけで胸が熱くなる。

「それじゃマリナ、君がここへ来たということは……」

マリナは真っ直ぐにオレを見つめる。

「もちろん、あんたとずっと一緒にいるためよ。この先もずっとね」

まさかこんな逆転劇がオレの人生にもあったのか。行動を観察し、その心理を突き詰めると全ては予想した通りの結末を迎えるのが常だった。
だが、マリナだけは違っていた。
オレの中の不安や期待が結果を狂わせるのだ。ある意味マリナはオレの予想を超える奇跡を運んで来てくれた。

「マリナ、これからも共に生きてくれるんだね」

マリナが頷いたのを見届け、オレは親族連中を振り返った。

「オレは彼女をアルディ家へと迎え、アルディの繁栄のためにこの身を捧げると誓う。賛成の方はご起立願いたい」

すると次々と親族連中は立ち上がり、最後にルパートが起立した。

「決まりだな。ではルパート、閉会を」



こうして議会は全会一致でマリナとの婚姻を認めた。それにしても……。
オレは私室に戻りマリナに尋ねた。

「君は確かにあの機には搭乗していなかった。それはなぜだい?」

「困ってる人がいたからチケットを交換してあげたのよ。レクドルさんって言ってね……」

何でもレクドルという男は出産間近の奥さんをパリに一人残し、仕事で日本に来ていた。そして今日昼の便で帰国する予定だった。到着時刻は午後十九時。しかし奥さんの出産が予定より早まり、困っていた所に十五時半にドゴールに降り立つチケットを持ったマリナが現れたというわけだ。

「十五時半が十九時になっても大して変わらないかと思ったのよ。まさかタイムリミットがあるなんて思わなかったし。あんたが八時の会議までに着くようにってちゃんと書いてくれれば良かったのよ!」

おいおい……責任転嫁か。
そんな身勝手なところもあの頃と変わらず笑いがこみ上げてきた。
そうだ、これこそマリナだ。

「オレが送ったチケットで来れば十分、間に合うと思っていたんだが、そうか時間を明記しなかったオレが悪かった。
お詫びに少し遅い時間だがディナーでも一緒にどうだい?」

マリナはパッと顔を輝かせると一気にテンションを上げた。

「離陸してすぐに頼んだワインがね安物だったのか悪酔いしちゃって機内食もほとんど食べれなかったのよね。ミュンヘンで乗り換えた辺りになってようやく元気になったんだけど、もうお腹ペコペコよ」

厨房には先ほどキャンセルしたディナーの準備を急がせよう。
エールフランスの機内で飲むはずだった高級シャンパン、クリュッグ・グランド・キュヴェも用意させよう。

窓の外には銀色の世界が広がっていた。
オレは今日という日を一生忘れはしないだろう。最高のバースデープレゼントを銀色の雪は運んでくれた。




fin


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みなさん、こんにちは!

シャルルBD創作、無事に終えることができました。これもいつもご訪問、ナイスポチを下さるみなさんのおかげです。

やっぱり短編は深い設定を考えていない分、楽しく書けます😊
中編だけは気分が沈みましたけどね😣

結局バースデーには間に合いませんでしたが、マリナちゃんとの再会をプレゼント🎁できて大満足しています。

次回はリクエスト頂いた10万Hit感謝創作でお会いしましょう✨