きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

銀色のタイムリミット(中編)

逸る気持ちを抑え、昼過ぎまで執務をこなした。いや、執務で時間を紛らわせていたと言った方がいいかもしれない。
時計が十四時を回るのを待って身支度を始めた。
通常なら空港までは三十分程度だが、降雪の影響があってはいけないと思い、早めに出発することにした。
彼女がド・ゴール空港に到着するのは十五時半の予定だ。入国審査はファーストの利用客から順に行うためそれほど時間を取られることもないだろう。
パリに到着した彼女をもてなすために、親族会議は午後八時とした。年寄りどもからはもっと早い時間の開催の声も上がったが、当然、彼女を優先させた。
到着した途端に彼女を一人にきりにさせるなどオレにできるわけがない。
ディナーは彼女の好きそうな物を言い伝えて来た。何が良いかとメニューを考えている時は至福の時だった。とは言え、食事なら何でも喜びそうだという考えに行き着いた時、クスリと笑ってしまった。こんなに浮かれたのはいつ以来だろうか。
そうだ、生家を追われ、逃亡生活が始まった時も同じような気持ちになったことを思い出した。

敷地内の道路はすでに除雪されており、きらきらと銀色に輝いていた雪は一夜明け、灰色となり、道の片隅に追いやられていた。
車に乗り込み、空港へ向かう。
思った通り市内は混雑していた。十五時を少し過ぎた頃、やっと空港へ着いた。車を待たせ、オレは到着ロビーへと向かった。
時計に目をやる。
到着まであと五分ほどか。
予定通りだ。
人目を避けるように窓際に立ち、ステンレス製の手摺に寄りかかった。これだけの人だ。オレを知る人間の一人や二人居てもおかしくない。下手に声でも掛けられては面倒だ。
日本からの到着便を知らせるアナウンスが流れた。まだ到着したばかりですぐには出てこないとわかってはいたが思わず
体を起こし、出口に視線を向ける。
これほど何かを待ち遠しく思ったのも久しぶりだった。
到着ロビーはたくさんの人で溢れていた。ここにいる人間の多くがそれぞれ、家族や恋人を待っているのだと思うと運命共同体のような気にさえなる。ただ一つ、皆と違うのはオレの待つ相手は姿を見せるかは不確かということだ。
それから十五分ほどすると続々と人の波が出口に押し寄せてきた。見逃さないように瞬きもせずにオレは目を凝らした。
あちこちで再会のシーンが繰り広げられていく。
キスを交わす恋人達、抱き合う家族、友人達……。何組もの再会者達を横目にオレはただ一人を待つ。何十、何百もの人々が出口を通過し、それぞれの目的地へと向かっていくのを見ながらオレは孤独に包まれていた。
人の波が疎らになり始め、出口からは誰一人として現れなくなった。
それでもオレは諦めきれずに十五分ほど出口を眺め続け、そしてその場を後にした。
オレの姿を見つけると待たせていた車から運転手が素早く降り、後部座席の扉を開けた。
隣にいるはずの彼女はいない。
オレは一人、屋敷へと向かった。親族連中が待ちわびる屋敷へと。

わかってはいた。
五年も経って突然、手紙とチケットが送られてきたところで彼女がパリに来るはずなどなかったんだ。初めからわかってはいたんだ。
オレはひと時の夢を見たにすぎない。
夢はとうに終わり、孤独という名の現実が待ち受けているだけだ。
屋敷へ戻ったら厨房に伝えなければいけない。
今夜のディナーはキャンセルだと……。




つづく