「ねぇ、明日もどこかに行くの?」
ここ連日オレが一人で出かけていたせいでマリナには寂しい思いをさせてしまってたようだ。
「いや、明日は君も一緒に行こう。見せたい物があるんだ」
「見せたい物って?」
ショコラをパクリと口に放り込んでマリナがこちらを振り返る。
ここのホテルはデザートが美味しいとマリナが気に入ったようなので日本へ来てからずっと連泊している。
「とりあえずマンションを買ったんだ。低層レジデンスのペントハウスをずっと探していたんだが、やっと良さそうな物件を見つけたんだ。きっと君も気に入ると思うよ」
「ぺ、ペントハウスってすごく高いんじゃなかった?!」
「3億だったか、そうでもないよ」
「さ、3億?!わざわざそんな物買わなくたってちょっと日本にいる間ぐらいホテルで我慢しなさいよ」
「それがどれぐらいの期間になるかわからないからね。来月からは心臓外科専門の非常勤医者として聖順堂大学病院で働くことにした。そのマンションからも近いし、特別なオペの時にだけ行く感じだから君との時間も十分取れるしね」
「どういうこと?日本にはビザを取りに来ただけじゃないの?」
ルパートの別邸へ訪れてから三日後にはオレとフレミール家との婚約は解消され、改めてルパートがジュリアと婚約をした。
アルディ家としては良家のフレミールとの繋がりは残しつつ、当主であるオレを使うまでもなくルパートで済ませられるならその方が得だと考えたのだろう。そうすればオレにはフレミール家を上回る良家との縁談でアルディを更に繁栄させられると踏んだんだ。
しかしオレはマリナとの結婚しか考えていないことを皆に話すと、それまでの親族会議の雰囲気は一転、揉めに揉めた。
もちろん想定はしていた。
そこでオレは長老達が動き出す前にマリナを連れて日本へ飛んだ。奴らの考えそうなことは容易に想像がつく。マリナさえいなくなれば……そんな事になる前にオレは当主権限によって父の弟ジャクリーンを当主代理に任命し、アルディ家を出た。
ジャクリーンは父のすぐ下の弟だ。ミシェルを除けばオレに次ぐ当主資格者だ。
オレのこの発言に長老達がざわつく中、ジャクリーンだけがほくそ笑んでいたのは意外ではあった。
「正直に言うと君との結婚は親族会議で認められなかった。それならばと叔父を当主代理に立て、オレは当主の全ての権限を放棄して日本へ来た」
「そんな……」
マリナは言葉を詰まらせた。
「君に黙って日本へ来たことは謝るよ。でも話してたら結婚とか別にいいって君、言い出すだろ?」
「でも、あんたを困らせたくない」
「オレは君が一緒ならどこで暮らしてもいいと思っている。君は違うのかい?」
「そうじゃないけど。でも仕事って言っても人に雇われるなんて、あんたにできるの?あれやれこれやれって言われてやんなきゃいけないのよ?これまで人に指図なんてされたことなんてないあんたが平気なの?」
「それなら心配ないよ。オペでは執刀医を担当することになっているから指示することはあってもされることはない。手術はその都度契約することになっているし、気に入らなければ他所へ行けばいいだけの話だ。病院としてはオレが執刀することによって、これまで手が出せなかった難しいオペも可能になる。これは病院にとってはメリットでしかない」
マリナは黙ってオレの話を聞いていた。
「仕事の方はシャルルがそれでいいって言うなら何も言えないんだけど、でもアルディ家はいいの?あたしのせいであんたが家を出ることになっちゃって申し訳ないっていうか、何ていうか……」
オレが家を出たことでマリナは負い目を感じているのだろう。
「今回はオレの意志でアルディを出た。ミシェルとの戦いの時とは違うんだ。君は何も気にすることはない」
つづく