微睡みの中、目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっていた。隣で眠っていたはずのシャルルの姿はどこにもなく、あたしは体を起こし、ベットから出た。
リビングに行ってみるとパソコンの前に座っているシャルルを見つけた。少し照れながらあたしはシャルルの元へ近づく。
「仕事?」
「あぁ、休んでいた分がずいぶんと滞っていてね。それより体は平気?」
シャルルはパソコンを閉じてあたしの方へと歩み寄る。
「うん、大丈夫」
何を心配されてるのかと想像しただけで恥ずかしくなってあたしは俯きながら頷いた。シャルルはゆっくりと近づくと、あたしの首筋を指でなぞる。ぞくりとしたその感触にあたしは首を押さえて飛びのいた。
「何っ?」
「オレが愛した証がここに」
まさかっ!?
あたしは慌ててバスルームに向かい、バスローブの襟をチラリとめくってみた。
思った通り首筋にはいくつもの赤い跡がくっきりと残っていた。
「はぁ……」
あたしは鏡の前でため息をついた。文句を言ってやろうとリビングに戻るとシャルルはまたパソコンを操作している。
「ちょっとシャルル!これじゃ部屋から出られないじゃない!」
するとシャルルはチラッとあたしを見ただけで、またすぐにパソコンに視線を戻した。
「なら出なければいい」
もう、人ごとだと思って!
「出なければって、それじゃ何もできないじゃない?!」
あたしがソファに体を投げ出すように座って不満を口にするとシャルルは急にパソコンをパタンと閉じて、あたしの方へとツカツカとやって来て目の前に立った。
「では聞くが、君はここを出て何をしたいんだい?」
「何って、それは……買い物したり、お茶したり……色々よ」
あたしは答えに困ってモゴモゴと言葉が尻すぼみになる。
「必要な物はメイドに言えばいい。何も君がわざわざ出かけて行くまでもない。お茶についても同じだな。下手なカフェよりも品揃えもバリスタの腕もアルディの方が格段に上だ」
うぅ……そりゃそうよね。
「じゃあ、わかったわ。外には行かないとしてもお屋敷の中を歩くぐらいはするじゃない」
「何のために?」
「何のって……」
そう言われてしまうと確かに何もすることがないように思えてくる。食事は部屋まで運んできてくれるし、お風呂もトイレも全て揃っている。シャルルの部屋だけであたしの生活の全ては完結する。
そっか、この部屋から出なくてもあたしは全然困らないんだ。
そう思った瞬間、シャルルが肩を揺らして笑いをこらえているのが見えた。
「何よ?!」
「オレの魔法に簡単にかかるんだなと思ってね」
「魔法?」
「そう、君を独り占めにする魔法」
「あっっ!」
まんまとシャルルに言いくるめられるところだったわ。
「もう~!騙したわね!」
シャルルはあたしの隣に座り、あたしの肩を抱き寄せた。
「でもここから出したくないとは思っているのは本当だよ」
言いながらシャルルはあたしの首元に唇を寄せてきた。
「ちょ、ちょっと何?!」
「君を部屋から出ないようにもっとオレの印を付けておこうかと思っただけだよ」
シャルルの形の良い唇があたしの首筋に近づいてくる。
「ダメだって~」
ジタバタするあたしの手を押さえつける。
「マリナ、ダメ?」
子供のようにねだるシャルルのその言い方があんまり可愛いくてあたしは抵抗するのをやめた。
「そんな印、付けなくったってあたしはもう、あんたのものよ」
あたしは少し照れながらそう言うとシャルルは息を飲み、あたしを見つめた。
「一生分の夢はすでに見終えたと思っていたが、まだ夢の続きはあったんだな」
そういえば小菅でシャルルは一生分の夢を見たと言っていた。それを聞いた時、あたしは胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになった。あたしに別れを告げ、一人で闘いの中に向かっていこうとする姿を思い出す。あたしはシャルルの頬に両手で包み込んだ。
「そうよ、まだ終わってなんかいないわよ。これからもっともっと、楽しいことがいっぱい待っているわ。できれば子供はあんたに似て欲しいな。あんたにそっくりな男の子がこの家で走り回って、あたし達はそれを二人で見守るの」
シャルルはあたしの話を聞きながらふっと笑った。
「もしオレに似たらきっと走り回ったりはしないよ」
「いいの!アルディ家がどうとか、次期当主だからって厳しく育てたらあんたみたいに悲壮感たっぷりになっちゃうもん。自由気ままにさせてあげたいわ」
「おいおい、アルディ家の長男が君みたいに野生児じゃ困る」
シャルルは困った顔をした。
「でも……それも悪くない」
そう言ってふわりと花が咲くような笑顔を見せた。
「マリナ、君はオレの夢そのものだ」
fin