きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

届かぬ想い33

「おはようございます、マリナさん。ご機嫌はいかがですか?」

ロザリーさんは手にしていた花瓶をテーブルに置くとカーテンを順々に開けていく。朝の光が溢れんばかりに部屋の中に差し込み、あたしは眩しさに手で目を覆った。

「マリナさん、起きて下さい。もうすぐシャルル様がいらっしゃる時間ですよ」

えっ?もうそんな時間っ?!
さすがのあたしもパジャマ姿でシャルルに会う勇気はないわ。
退院した翌日からシャルルが仕事に行く前のわずかな時間にあたしは診察をしてもらっている。診察と言っても問診だけで変わった事はないか、痛みはないかと言ったやりとりだけですぐにシャルルは仕事に行ってしまうんだけどね。
ちなみにこのシャルルの言う痛みっていうのは頭じゃなくて太もものことなの。なぜ太ももかって言うと、後頭葉に注射をするって言っていたのは実はシャルルのざっくりとしたあたしへの説明で、実際は太ももからカテーテルという細く長い管を血管の中に誘導し、血管内から治療する脳血管内手術というのが行われたんだって。最終的には太ももから入れた管を後頭葉まで進めていって先端に内蔵させた注射針で特殊細胞を移植したらしい。血管の中を針が通れるなんて本当にびっくりよね。
そのせいで今でもあたしの太ももにはカテーテルを挿入した時の穿刺部の内出血のあとが生々しく残っている。
拳ほどの大きさで初めは青黒かったそれは紫色、茶色と変わってきていた。そうして次第に変化しながら最終的には黄色になって消えるんだって。
わずかな時間でもこうして毎朝シャルルと話ができるのは嬉しかった。
だからもう少し微睡んでいたいとこだけど、あたしは覚悟を決めて自分の手を退けた。瞼に眩しさが突き刺さる中、あたしは一気に目を開けて朝の光を受け入れた。
次の瞬間、

「あっ……!」

思わず声を上げた。

「マリナさん、どうかされましたか?」

あたしは小さく首を横に振り、辺りを見渡した。
目の前に広がる景色は明らかにこれまでのものと違っている。
壁もカーテンもテーブルも、そして飾られた壁の絵もすべて、何一つ欠けることなくあたしの目に映っている。これまでは首を左右に動かさないと上手く見えなかったもの達がごく自然にあたしの中へと飛び込んでくるようだった。

「ねぇ、ロザリーさん……あたし見えるようになったみたい」


それからすぐに駆けつけたシャルルによって検査が行われた。手術から五日、あたしの中で特殊細胞が定着し新たな伝達ルートを構築し始めている事が検査でも証明された。

「これで外傷性脳梗塞よる視野欠損の治療はすべて完了だ。人類初となる特殊細胞の移植に成功した気分はどう?」

シャルルは手にしていたデータをテーブルの上に置くと満足げな顔を見せた。
検査が終わり、あたしはシャルルの私室に来ていた。

「どうって、あんたが凄いだけでしょ?あたしは寝てただけだもん」

「たしかに君は寝ていただけかも知れないが術後五日とはさすがに驚いたよ。まぁそれだけ人間の脳が他生物よりも複雑かつ優秀ってことか、それとも君が特殊なだけか……」

きらりと光る青灰色の瞳はまるで獲物を見つけた野生の眼差しだった。

「ちょっと、やだシャルル。あたしを解剖してみたいなんて思わないでよ」

テーブルを挟んだ向かい側のソファに座っていたシャルルが立ち上がり、あたしは思わず後退る。

「ああ、ぜひ君の心の中を解剖してみたいね」




つづく