きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の彼方へ 13

「口当たりが良いから俺、いくらでも飲めそうだ」


グラスに残ったシャンパンを和矢は一気に煽った。


「ブリュット・アンペリオールの84年は特に泡のキメの細やかさと洋梨と花の上品な香りがバランス良く、人気なんだ」


「そういうのはよくわかんないけど、さすがはシャルルが勧めるだけあって美味かった」


いつもと変わらず、和矢は会話をリードしていく。この様子だとさっきの話は聞かれてないみたいだわ。


「そういえばシャルルから聞いたけど検査の結果、何ともなかったみたいで良かったな」


「うん」


昨日までと何ら変わりない。
ただ困ったのはシャルルにはばれてしまってるけど、あたしに記憶が戻ったことを和矢は今も知らない。
ぎこちなく話すあたしは居た堪れない気持ちのまま食事を続けていた。
下手なことを言って気づかれないように、あたしは極力話をしないように努めた。
メインのお肉料理が運ばれて来たタイミングで和矢は次は赤がいいと言った。


「その辺でやめておいたらどうだ?」


シャンパンの後にすでに白も一本空けていた。三人で飲んでいると言ってもあたしとシャルルはそこまで飲んでいない。
ほとんど和矢が二本とも飲んでいるようなものだった。


「俺達の再会とマリナの検査結果を祝ってさ、もう一本だけ。いいだろ?」


和矢がこんなに飲むところをあたしは見たことがなかった。


「また明日にしよう。もうだいぶ酔ってるんじゃないか?」


シャルルは嗜めるように言った。
たしかに和矢は少し陽気というか、空回りしているようにも見えた。


「これぐらいじゃ酔ったりはしないけど。そうだな、今夜はマリナの面倒も見なくちゃいけないし、やめておくか」


待って。
それって同室ってことよね?
あたしは助けを求めるようにシャルルを見た。シャルルは目だけで、わかってると答えてくれた。


「いや、マリナの様子は今夜も医務室で見るよ」


すると和矢は手にしていたナイフとフォークを置いた。 


「異常はなかったんだろ?だったらもう必要ないんじゃないか?」


和矢の言う通りだわ。
あたしはシャルルがどうにかここを切り抜けてくれるように祈った。


「過換気を起こす可能性がまだある。おそらく記憶障害によるストレスが原因だとは思うが、何とも言えないからな」


もっともらしい理由でシャルルは上手くかわしてくれた。


「ストレスが原因なのか?」


「過換気症は何らかのストレスが原因で起きる。根本的な治療法はなく、対処療法しかない。その原因を取り除いてやることが一番の治療になる。マリナの場合は記憶障害が原因……」


シャルルがそこまで言いかけた時、和矢がすっと立ち上がった。


「原因は記憶障害じゃない。俺なんだろ?マリナ……俺と別れたいのにそれが言えなくてストレスだったんだろ?」


あたしはハッとなった。
さっきの話、和矢は聞いてたんだ。


「待って、和矢!違うのよ」


あたしは立ち上がり、和矢に向き直った。


「マリナ、オレが話す。君は黙っておいで」


シャルルはあたしの話を遮ると、席を立ってテーブルを回りながらあたしの方に歩いてきた。ちょうど和矢とあたしの間に割って入るように。


「別れたかったならシャルルに相談する前に先に俺に言って欲しかった」


悲しげな黒い瞳がすがるようにあたしに答えを求めていた。
和矢が怒るのも当然だわ。
二人の問題を先にシャルルに話したのは完全にあたしが悪い。
やっぱり先に和矢に話すべきだった。


「記憶が戻ってることをシャルルに気づかれちゃって、それで話しているうちに……」


「オレが誘導したんだ。マリナは悪くない。ずっとオレには話せないってマリナは最後の最後まで言おうとはしなかった。それをオレが無理やり言わせた」


和矢の黒い瞳がシャルルを見据えている。


「そっか」


すると和矢は目を閉じてゆっくりと息を吐き出した。


「でもやっぱ……いいな。マリナに和矢って言ってもらえるのって。しっくりくる」


その言葉は意外だった。
あたしが黙っていたことを責めることもなく、和矢は懐かしさを噛み締めるようにそう言った。


「ていうか、医務室にマリナの様子を見に行ったら二人共いなくて、そしたら上から声がしたから行ってみたんだ。そんで聞いちまったってわけ。でさ、このままマリナから別れ話を聞かなきゃ、俺にも挽回のチャンスがあるかもって思ってとっさに聞いてないふりをした。でも言いづらそうにしてるマリナを見てて思ったんだ。俺、自分のことばっかじゃなくてやっぱお前が好きだから、お前のこと一番に考えようって」


和矢はそこまで一気に話すと自分の中の思いを断ち切るように言った。


「シャルルが好きなんだろ?」


「和矢……」


あたしの反応を見て確信を得た和矢はそれまであたし達のやりとりを静かに見守っていたシャルルに目を向けた。


「前にお前、マリナに言ってたよな。オレと行ったら今まで通りでいられるとは思わないでくれって。きっと、君をオレのものにするって。本当にその通りになったな。
マリナは俺じゃなく、お前を選んだ。で、お前はどうなんだ?今も気持ちは変わってないのか?もし、お前にもう気持ちがないなら俺は……」


和矢の言葉を遮るようにきっぱりとシャルルが言った。


「それはない。オレは君たちがうまくいってるならそれで良いと思ってた。でもマリナがオレを選ぶというなら、オレはお前との絆を……」


シャルルはその先を口にしなかった。躊躇ったんだと思う。それでもシャルルは和矢との関係を壊してでもあたしといてくれようとしているんだ。
でもそれは簡単に口にできないぐらいに辛いことなんだと思った。


「壊したっていいんじゃないか?もうすでに一度、俺たちは友情を破壊した。でもこうして酒を交わす仲になっただろ?今は無理でも、きっと時間が経てばまた元に戻れるはずだ。俺さ、二人の話を聞いた時、最後に三人で夕飯を食べて、それで明日黙って一人で帰ろうって思ってたんだ。けどお前の気持ちを確かめずには帰れないって思ったんだ。だからお前の思いが聞けてよかった」


そういうと和矢は席を立ってあたしのすぐ隣に来て、良かったなとあたしの頭を撫でた。和矢の優しさにあたしは涙が止まらなかった。


「ごめんね、和矢」


「謝ってばっかりだな。それよりシャルルと幸せになれよ。じゃあな」


和矢は手を上げて部屋を出て行こうとした。


「和矢!」


するとシャルルが和矢を呼び止めた。
振り返った和矢にシャルルは歩み寄り、いつかのように両手を投げるように抱きしめた。


「また、いつか会おう」


和矢はそれに応えるようにシャルルの肩を抱き、その髪に顔をうずめた。


「ああ、またいつか」

 

 

 


つづく