きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

届かぬ想い30

それならとその日のうちにあたしはシャルルが所長を務める病理研究所に併設されている病院に入院することになった。
病院に向かう車の中でシャルルはあたしを連れてパリに戻った日から今日までどこで何をしていたのかを聞くことができた。

「前にも一度説明したが君の視野欠損は細胞壊死によるものだ。外傷性脳梗塞により君の第一視覚野の神経伝達ルートは断たれたままだ。これは自然に回復することはなく、現代医学ではこれを元通りにすることはできない。
しかしオレは先日、日本で行われたシンポジウムに参加するためにある研究を進めていた。
他生物による特殊細胞再生、つまり失った細胞を元に戻すために再生能力に優れた他生物の幹細胞の仕組みや構造を応用
し、医療に役立てようとするものだが実用化まであと少しのところまで来ていたんだ。
それでパリに戻ってからはずっと研究所で完成に向けて実験を繰り返していた」

こっちに来てから一度も顔を見せないから色々と忙しいんだと思ってたけどそうじゃなかったんだ。

「シャルル、本当にありがとう。あんただっていろいろと忙しいはずなのに」

首をわずかに振るとあたしの頬をそっと包み込むように手を伸ばした。

「これだけは他の何を犠牲にしてでも成功させるつもりでいた。オレがこのシンポジウムに参加しようと決めたのも元は共時性を意図的に作り出すためのただの手段に過ぎなかったがまさか、未来の君のために全てが働いていたと考えればまさに共時性そのものだったんだな」

聞きなれない言葉が多くてシャルルが何を言おうとしているのかはよく分からなかった。
でもあたしは優しく温かいものをシャルルから感じていた。きっといい話ね。

「偶然が重なってあたしの目は元に戻るかもしれないってことね」

シャルルはため息を一つ漏らした。
それは諦めにも似たものだった。

「マリナ、手術が終わりすべてが上手くいったら二人できちんと話をしよう。
術前に込み入った話は避けたいからね」

あたしを日本に帰さないって言ったシャルルの言葉が蘇る。
あれってそういうことよね?
それとも違う?
はっきりと何かを言われたわけじゃない。もし期待してそれが違ったらきっとあたしはもう立ち直れない気がする。
でも……シャルルの表情はこれまでとは違って穏やかだった。

「ジルの報告によれば数種の動物で実験を行った結果、それぞれ壊死させた脳細胞が新たな神経伝達ルートを再構築し始めているそうだ。個体差はあったが一週間でその成果が現れている。
この特殊細胞によって君の失われた細胞も新たな視覚野の伝達ルートを再構築するはずだ。ただし、この手術を受けるのは人類でマリナ、君が初となる。どんな結果になるかは未知の領域でもある。人間の脳は他の動物よりも複雑だからだ。
それでも手術を受けるか?」

オレを信じてほしいってシャルルの瞳が言っている。力強い光がほとばしるようにあたしに真っ直ぐに注がれる。
あたしの頬を包み込む手にそっと手を重ねるように触れた。

「もちろん受けるわ。あたしはあんたを信じてるもの」

期待と不安が入り交じる中、車は大きな建物に滑り込むようにして止まる。
あたしはシャルルに続いて病院の中へと足を踏み入れた。
シャルルの姿を見るとすぐにドクターウェアを羽織っているお医者さんが近づいて来た。

「Je vous attendais , le Dr」
(お待ちしておりました、博士)
「Ou de la preparation est faite?」
(準備は出来ているか?)

フランス語でのやりとりを終えたシャルルがあたしの背中にそっと手を添える。

「では行こうか」


つづく