夢から覚めて18
しばらくすると検査結果を手にシャルルは戻ってきた。
「やはり抗体ベンゾアピンも代謝酵素も検出されなかった。昨夜のうちに検査していたら微量ながらも検出されたかもしれなかったけどね。どちらにせよオレが行った時、君はもう寝ていたから今となっては分からないが、効果は一時的なものだからもう平気だ。それにしても…」
シャルルはそこで一旦言葉を切ると役目を終えた検査表をポンと机の上に放り投げた。
あたしにちらっと視線を向けるその表情は怖いぐらいに怒っていた。
「なぜオレに何も言わなかったんだっ?」
昨日部屋に来たのは別れ話じゃなくてあたしを心配して来てくれたんだと分かると怒られていても嬉しかった。まるで地獄から天国へ引き上げられたような気分だった。
「あたしは何ともなかったし、それに言ったらあんたはジルを責めるでしょ。それにフィリップさんも…。あの二人はあんたを心配してやったことだから告げ口したくなかったの。」
シャルルは首を小さく振り呆れたといった顔をした。
「人の心配よりも自分の心配をしてくれ。下手すればあのまま眠り続けてたかもしれないんだぞっ!」
「うそでしょっ?!」
「言葉のあやだ。ジルがオレにそんなもの飲ませるわけないだろ…。」
そっか。
シャルルはまた少し呆れて言った。
「だからと言ってオレに隠し事はなしだ。何かあってからでは遅い。それが出来ないと言うなら24時間体制で君を監視させることにする。」
げっ…!
トイレに行くのも気を使わなきゃいけないなんてゴメンだわ。
「分かった、シャルル!お願いだから監視はやめてちょうだい。
でもどうして分かったのよ?」
「もう勉強は飽きたと君に言われたとジルに話したら彼女は驚いていた。君から何も聞いてないのかとジルに言われたよ。あとは全部彼女から聞いた。
あの日、突然眠ってしまった事も君がフランス語を辞めると言い出した事も全部オレのせいだったんだな。」
そう言うとシャルルはあたしの手をとって採血した時に貼ったシールを優しく剥がした。あたしはそんなシャルルの指の動きをただ眺めていた。
「すまない。痛かっただろう。」
あたしは首を横に振った。
「ううん、シャルルは悪くないわ。あたしが悪いの。あたしがフランス語を始めた事でみんなを巻き込んじゃったのね。
やるって言ったり辞めるって言い出したり、本当にごめんね。」
シャルルは伸ばした手をあたしの頬に充てると視線を合わせるように覗き込んできた。
「いやマリナは悪くない。悪いのはオレだ。オレは自分の弱さからあいつの名前を出して君を傷つけた。
君がパリへ来てからずっとオレは君を失うのが怖かった。
またいつかオレの元から去っていくんじゃないかってね。だから君に触れられなかった。触れてしまえば二度と離してやれないからだ。たとえどんな事があってもだ。」
あたしはシャルルの手に自分の手を重ねた。
「あんたをそんな風にさせたのはあたしなのね。あの日、和矢の手を取ってしまったんだものね。
だけどもう二度と日本に行くつもりはないの。あたしがあんたと釣り合っていないってのは分かっているわよ。
だからあんたの未来にあたしがいるのかは知らない。だけどあたしはあんたと歩いている未来を見てるわ。」
その瞬間、シャルルに腕を捕まれ気付けばその逞ましい胸の中にいた。
「ああ…。昨夜、君の言葉を聞いたよ。
Je vais pas aller au Japon(私は日本に行かないわ)」
シャルルの流暢なフランス語が心地よく耳に流れ込んできた。
そっか、寝る前にこの言い方を覚えたくて何度も書いてたもんだからつい寝言で言っちゃったのね。
「その時にオレは決めたんだ…。」
あたしを抱き寄せるシャルルの腕に力がこもる。そして頭上から降って来たのはあのテキストに書かれていた綺麗なフランス語だった。
「Je t'aime plus que tout.Tu renvoie pas au Japon.」
つづく
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みなさん、こんばんは!
シャルルの綺麗なフランス語の部分はこんな意味です。
「何よりも君を愛している。君を日本には帰さない。」
これをカタカナで書くと少し安っぽくなるかなと悩みましたが、どうせなら響きを感じてもらいたいので自信はないんですがこんな感じです。もし違っていたらこっそり教えて下さいね
「ジュテイム プリュ ク トゥー、チュ ラヴォワ パ オ ジャポン」
だけどマリナちゃんの脳内ではこんな感じです
plusが~よりも…文法的には比較なのかな。教わったのはplusの後に形容詞だったような…。queと比較対象tout(全部、すべて)
「何よりも愛してる日本には帰らない。
シャルル…何それ?」
次回は限定記事になると思います。
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