きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

夢から覚めて14


シャルルの部屋を後にしたあたしはすぐに自分の部屋に戻る気になれなくて辺りはすっかり暗くなっていたけど本邸から少し離れた裏庭の花壇に向かっていた。


パリに来てすぐの頃、あたしは小さな花壇を作って欲しいって庭師のファビオにお願いしたの。
つい一カ月前の事だった。





「マリナ様、チューリップなら私が植えてさしあげますよ。」


あたしが前から頼んでおいたシャベルと球根の入った木箱を花壇の前に置くと軍手をしている手をパンパンと払いながらファビオは言った。


「ううん、自分でやってみたいの。春になって花を咲かせたらシャルルにプレゼントするの。」


温室で育てる綺麗なバラも素敵だけどチューリップって可愛らしくてあたしは好き。それに子供の頃、お母さんがチューリップを何処からか貰ってきてプランターで育てていたけど手入れがいらなくて楽だわって言ってたもん。そして家族全員がチューリップの事をすっかり忘れていた翌春にもひょっこり花を咲かせた時は感心したもんだわ。人の手を借りずとも立派に花を咲かせるのねって。だからきっとあたしでも咲いてくれるはずだわ。


「シャルル様もきっとお喜びになられますよ。」


ファビオはそう言って優しく微笑んだ。
あたしは土を掘って球根を次々と植えていき、最後の一個に土を被せ、たっぷりと水をあげて植え付けは終わった。
あたしが一人で全部できるようにファビオはあれこれとコツを教えてくれながら決して手は出さずに最後まで見守っててくれた。


地植だから自然の雨だけで十分らしくあまり雨が降らない日が続くようならその時だけ水やりをしてあげればいいっていってたっけ。
あたしはぼんやりとその花壇を眺めていた。植えてからまだ一カ月しか経っていないから、もちろん芽が出ているわけもなくてただ可愛らしい柵の中にこんもりと土があるばかりだった。
でもここに来た時の気持ちを思い出していたの。
あたしはシャルルが好き。
このチューリップが咲いたらシャルルに渡そうと思ったこと。買ったものじゃなくて自分で育てた物を渡したかったこと。フランス語を覚えてシャルルを驚かせたいと思ったこと。シャルルに近づけてるような気がしていたこと。


それなのにシャルルにイヤな思いをさせてしまった。
「随分と飽きっぽいんだな」
あの時のシャルルの顔が忘れられない。
わざわざ自分の時間を削ってまでしていた事を当の本人が飽きたなんて言い出したら怒るのは当然よね。
そうよ、なにも誰かに教わらなくったってその気になれば一人でだって勉強は出来るはずよ。
しばらくそうしていたけどコートも着ないでいるにはパリの夜はかなり寒い。
とりあえず部屋に戻って勉強することにした。
正面玄関に向かって歩いて行くとお屋敷の中からシャルルとジルがちょうど出てくるところだった。さっきシャルルがこれから大事な仕事があるって言ってたから二人で出掛けるんだわ。
あたしはさっきの別れ方の気まずさもあって声を掛ける事も出来ずに思わず側にあった柱の影に身を隠していた。自分でもどうして隠れたのかよく分からなかった。だけどジルのドレス姿を見てとても綺麗だと思ったの。
それはシャルルの隣に並んでも引けをとらないジルの姿に比べてコソコソと隠れている自分が惨めに思えた。
車が走り出し、門扉をくぐり抜けて行くのを見送ってからあたしは再び歩き出した。


「あたし、何しているんだろう…。」





つづく