きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛のかけらを掴むまで 4




フェリックスと市内に向かい、あれこれ見て回ってある程度の物は買い揃えた。
最低限必要な服と下着、それと紙とペン。
ここに残ると決めたから。
絵を描くことが好きなら気晴らしにするといいと言ってフェリックスは画材店にも立ち寄ってくれた。
お屋敷に戻る車の中であたしはさっきの扉の絵を買ったばかりの紙にさっと描いてみた。
いつか何かの作品で使えるかもしれない。忘れないうちに描いておこうと思ったの。
するとそれを見たフェリックスが感心したように言った。

「とても上手に描けているよ。本当にまんが家なんだね」

「信じてなかったの?」

そんな風に話をしているうちにお屋敷に着いた。
玄関まで歩きながら、あたしはこれまで自分が描いてきたまんがの話をした。

「……それをね、担当の松井さんっていうのがね、ダメって言うのよ」

「それはあまり少女向けではないんじゃないかな?絵は上手いんだからもっとストーリーを工夫したらいいと思うけど」

フェリックスと一緒だったから入り口の警備員には止められることもなく通過できた。

「簡単にいうけど話を考えるのって難し……」

急にめまいがして足元がふらついた。

「マリナ?!」

咄嗟にフェリックスがあたしを支えてくれた。鍛え上げられた腕があたしの腰に絡みついている。

「あ、ごめん」

フェリックスを男の人なんだって急に意識しちゃってあたしは慌てた。

「今日はもう部屋で休んだ方がいい」

そういうとフェリックスは腕を離した。

「人の家で恋愛ごっこか?」

その声にハッとして振り返ると、シャルルが冷やかな視線であたし達を見ていた。
咄嗟にフェリックスはあたしのそばから離れた。

「いえ、シャルル様。彼女が急に目眩を起こしたので私は支えていただけです」

するとシャルルはチラッとあたしを見た。
人を値踏みするようなその視線にあたしは耐えられずに俯いた。

「ジルの友人がなぜ、いつまでもここにいる?」

フェリックスが隣ですぅっと息を吸い込んだのがわかった。まるで審判を受けているかのような緊張感だった。

「ジル様のご意向で本邸での宿泊許可を頂きました。ご友人のマリナ様にはより快適に過ごして頂くためだと伺っております」

「Je n’ai pas entendres」

フランス語だ。
シャルルが何て言ったのかはわからない。
けど日本人のあたしにここは快適じゃないと言わんばかりにわざと使ったのはわかった。ジルの友達ってことになってるから強くは言わないけど、あたしに自分のテリトリーに入って来るなと警告しているんだ。
愛してると言ってくれたシャルルはもうここにはいないんだ。
悲しくて、悔しくて、あたしはその場から逃げるように駆け出した。

どこをどう走ったのかはわからない。
いつの間にか見たこともない小さな建物の前に来ていた。
ガラス越しに中を覗いてみると、たくさんの薔薇が見えた。
温室?
引き寄せられるようにあたしはそのドアを開けて中へと入った。
温度管理がされているからなのか、包み込まれるような温かさだった。
花壇を囲むレンガに腰掛けて、ぼんやりと薔薇を見つめた。
アルディ家の人間は薔薇から生まれたとか何とか前に聞いたことがあった。
そういえば冬眠する時にまでシャルルは薔薇に囲まれていたっけ。無理やり覚醒させた時にシャルルはあたしにキスしてくれたらお願いを聞いてくれるって言ってたっけ。
そんなことも全部シャルルは忘れちゃったっていうの?
涙が溢れて止まらず、あたしは声を上げて泣いた。もう心の中はぐちゃぐちゃだった。あたしに幸せになれって言ってくれたシャルルはもういないんだ。
愛してるって言ってくれたことも忘れちゃったの?
するとガチャっとドアの開く音がした。
顔を上げるとそこにはフェリックスが立っていた。

「探したよマリナ。ふらついてたくせにこんな遠くまで……心配したよ」

フェリックスがハンカチを差し出してくれた。

「シャルル様があんな風に俺に言うのは初めてだった。きっと潜在意識が自然と働いて俺に嫉妬したんだ。案外、いい刺激になったんじゃないかと俺は思う」

「そうなのかな。さっき宿泊許可はもらったって言った時、シャルルは何て言ってたの?」

「私は聞いてない」

ハンカチを受け取り、それをギュッと手で握りしめた。

「それって居たらだめってことじゃない」

「シャルル様の記憶が抜け落ちているとわかった時、ジル様が過去の話をいくつかしたんだ。けど、そのどれにもシャルル様は特に反応しなかった。いわゆる「静」のまま心を動かされることもなかった。それなのにマリナに対してはあそこまで感情を動かしていた。あんなシャルル様を見たのも初めてだった。シャルル様の中にある無意識の領域が反応しているんじゃないかな」

優しく語りかけるように話すフェリックスの言葉にあたしは声を上げて泣いた。
大きな手があたしの背中をさすってくれた。

「本当に思い出すのかな……」

涙で濡れた顔を上げると、フェリックスはゆっくりと頷いた。

「そのために一つ、俺に考えがあるんだ」

「何?」

シャルルの頭をぶん殴るとかじゃないわよね。

「俺とマリナがもっと親密な所をシャルル様に見せて、心の奥で燻っている記憶を呼び起こすっていうのはどうかな?揺さぶりをかければきっと何かが変わると思うんだ」

「え、でもどうやって?」

その時ふっとフェリックスが腕時計を見た。

「そろそろかな。マリナ、立って」

言われた通りにあたしは立ち上がった。
するとフェリックスはさっとあたしに近づいた。

「失礼」

そういうとあたしを引き寄せ、強くその胸に抱きしめた。

「ちょっ……フェリックス!」

「静かに」

耳元に唇を寄せて囁くように言った。
耳に息がかかってあたしが怯んでいると、

「また介抱か?それとも今度こそ抱擁か?」


つづく