「ミシェル、自分の立場をわきまえなさい。たとえ兄弟だとしても当主の居室に無断入室は許されません。勝手な行動は慎んで下さい。」
いつになくジルの口調は厳しかった。
ますます話が大きくなってしまった事に私は頭を抱え込みたい気分だった。
「これはマリナとオレの問題だ。」
ミシェル…何を言ってるのよ。
問題も何も、これは誤解じゃない。
「マリナさんはシャルルの婚約者なのですよ!」
「もちろん、知っている。」
二人はこの会話をシャルルの部屋の前でしていた。私が着替えを済ませて部屋を出た時にはすでに険悪なムードだった。
無言のまま私たちはジルの執務室まで歩いた。
シャルルの執務室ほど広くはなく、窓辺に置かれた執務机と部屋の中央には応接セットが置いてあった。
部屋にはハートの形の可愛らしい大きな葉のウンベラータや大きな葉を持つオーガスタなどの観葉植物がいくつも飾られていて無機的な仕事部屋のイメージとは少し違っていた。
ジルは私たちに座るように促すと最後に自分も腰掛けた。
一人用にジル、テーブルを挟んで三人掛けのソファに私、少し間を空けてミシェルが並んで座った。
「マリナさん、二度とミシェルを部屋に入れたりしないで下さい。
アルディ家当主の居室は限られた人間、つまり指紋認証登録した者以外は出入り出来ないことになってます。これは安全管理上の問題で例外は認められません。」
前に聞いた事があるわ。
指紋認証登録をしたから私は出入りが出来るんだってシャルルに言われた。
でもそれ以外の人間でも中から開けてしまえば入る事ができる。だから勝手に入れたりしちゃいけなかったんだ。ごく限られた人間しか出入り出来ないのようにしてる意味がなくなるものね。
「これからは気を付けるようにするわ。
今日はミシェルが渡したい物があるって言うからつい開けちゃっ…あっ!」
しまった…!
ミシェルに写真を預かってくれって言われたんだけど何もそこまでジルに話す必要はなかった。それこそ何を渡すつもりだったのか聞かれても困る。
私は思わず手で口を抑えた。助けを求めて隣を見るとミシェルの口元に笑みを浮かべていた。
ミシェルは私を見て小さく頷いた。
この場を切り抜けてくれると確信して私はミシェルに全てを託すような思いだった。
「マリナ、こうなったらジルの力を借りよう。オレ達だけでは限界がある。」
私は予想外のミシェルの言葉に驚きを隠せなかった。だってジルがシャルルに黙っているはずないもの。
そうじゃなかったら私たちはジルに嘘をつかせる事になる。そんな事はさせられない。だから今ここで打ち明けてしまったらシャルルの耳に絶対入る事になる。
それならシャルルに自分で話した方がマシだわ。
「ミシェル、待って。ジルに力を借りたり出来ない。シャルルを騙すようなマネはさせられないし、したくない。
シャルルの帰りを待って私が自分で話すわ。」
私の話を静かに聞いていたジルはシャルルと同じ青灰色の瞳で私の発言を非難しているかのようにじっと私を見据えていた。
「マリナさん、シャルルへの説明は控えて下さい。」
私はジルが何を言っているのか分からなかった。
「すでに動いているのか。」
「ええ。」
ミシェルとジルは短い言葉を交わしていた。私だけが置いていかれて話が見えていなかった。
「ジル、どういう事?ちゃんと説明して。」
ジルは立ち上がり執務机へと歩いていくと黒いファイルを手に取った。
つづく