コトン…。
「もうこれは要らないわ。」
シャルルと向かい合って座っていた。
私はそれを自分から取り外し、大理石のテーブルにそっと置いた。
お別れの時が来たんだと思うの。
昔、私がパリで暮らす日々を夢に見ながら、そんな日が来る事を願ってシャルルが作った翻訳ピアス。
「それがないと出歩けないぞ。いいのか?君の好きなカフェにもショッピングも出来なくなるんじゃないか?」
シャルルは不思議そうな顔で私を見ている。いつも私の突飛な行動は天才シャルルでさえ予測不可能みたい。
「これからも出かけるわよ。
でもピアスには頼りたくないの。」
シャルルは仕方がないと言いたそうにため息をついた。
フランス語を話せない上に聞き取れないんじゃ外出させられないって言いたいのはわかってるわ。
だけど、このままピアスに頼っている訳にはいかないと思い始めていた。
「Bonne nuit,pere.maman.」
ジョエルの澄んだ声が後ろから聞こえてきた。アルディ家本家の嫡男。
シャルルをそのまま小さくしたような美しい少年。
「おやすみなさい、パパ、ママン」
あとに続いてリルの可愛らしい声も聞こえてきた。
アルディ家本家の姫君。好奇心旺盛で欲張りな性格は私に似たのかしら?
髪は金髪でリルもシャルルによく似ていた。
まだまだ甘えん坊な4才。
驚いた事に2人ともIQは200を超えているんだって。
私はこれを知った時に自分に似なくて良かったと心底ホッとしたわ。
私に似て欲しいのは逞しさと明るさかしらね。それから人懐っこさ。
私もシャルルも二人の兄妹に向かってお休みを言った。
アルディ家では小さな頃から1人で寝るんだって。
毎晩ジョエルはリルを連れて居室スペースに増設された子供達の寝室へと向かい、リルを部屋に送り届けると自分の部屋へと入っていくのが習慣になっていた。
「ほら、あの子達も大きくなってきたでしょ。ママンの私が日本語しか話せないのはよくないかなって思ったのよ。」
私はちょっと照れながらシャルルに話すと私の隣に座って私の頭を胸に抱き寄せた。
「子供達にとってママンは特別な存在だからね。マリナが決意したならオレも応援するよ。
ジョエルはまだ5才だが、オレに似てすぐに飛び級だろう。君と出掛る暇がなくなるかもしれない。通訳もいつまでもしてもらえないから良い機会だな。」
2人の姿が見えなくなるとシャルルは私の唇にそっと唇を重ねてきた。
「君からフランス語を学びたいと言われる日が来るなんて夢みたいだ。このピアスを作っていた時のオレは、こんな風に家族に囲まれる日々が…そして、マリナとオレの子供が…」
シャルルは言葉を詰まらせていた。
私はシャルルの背中に腕を伸ばして精一杯に抱きしめた。
「シャルル、私はとっても幸せよ。
あんたと、あんたに良く似た子供たちと過ごせる毎日は何よりもの宝物だわ。
シャルル、生まれてきてくれて、私と出会ってくれてありがとう。」
私を抱く腕の力が強くなり、そして…シャルルは震えていた。
泣いているの…?
「マリナ、オレが幼少期に経験出来なかった温かい家庭をあの子達とオレに与えてくれてありがとう。
オレの人生にこんな温かい場所が与えられるとはあの頃、考えていなかった。
君と出会い、恋をして本当に良かった。
これからも大切にするよ。君とオレ達の大切な宝物たちを…。」
重ねられた唇からシャルルの震えと愛が伝わってくる。
fin
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みなさま、こんばんは!
シャルルの事ばかり考えていて閃いたお話です。
幸せの中にいるシャルルを見たくて、一気に書きました。
シャルル誕生日おめでとう~第一弾
でした。第二弾、あるのかなぁ