きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛の祈り(パラドクス後マリナ編)13

最近の私の生活は、午前中に診察を受けてケガの具合を診てもらい、記憶についての変化を確認して終わりといった感じだった。

今日はシャルルが来て話があると言ってベット横の椅子に座って私を見つめる。
事故から目覚めて間もない頃もこんな風にシャルルは私の横に座って悲しそうな目をしていたのを思い出す。

「ケガもだいぶ良くなってきている。そろそろICUから出てここよりも普通の暮らしに近い方が記憶回復のきっかけになるかもしれない。
まだ屋敷から出ることは許可できないが敷地内でなら自由にするといいよ。」

いわゆる退院許可みたいなものね。
腕はギブスしてるけどあとはどこも悪くないから普通の生活に切り替えようってことみたい。

散歩に出るようになって分かった事は、ここは病院じゃなくてアルディ家のお屋敷だってこと。凄いお金持ちでパリでもかなり有名ってこと。
私はなんでこんな有名人と知り合いなのかしらって考えても全く思い出せないわ。

最近では思い出そうって無理に思うのはやめたの。考えたって思い出せるものじゃないし、余計にプレッシャーになると逆効果なんだって。それに考えてると頭痛がしてくるの。


絹糸のような綺麗な金髪にシャルルと同じ青に近い灰色の瞳をした女性が毎朝、部屋にバラを飾りに来てくれるの。

最初のうち彼女は私を見て涙を浮かべて悲しそうにしていた。きっと彼女も知り合いだったのよね。ジル…名前を教えて貰ってもやはりピンと来なかった。

何を聞いたって誰も何も教えてくれないのよ。人に聞いた事は受け取り方で印象が変わるから、自分自身で思い出さないとだめなんだって。

そう教えてくれた時、シャルルの瞳に影が落ちて彼の心の中に暗闇が広がっていくのを私は感じてた。



私は何か大切な事を忘れているの?





午後になるとジルが病室に来て、ゲストルームへと案内してくれた。
そこのフロアは毛足の長い絨毯が敷き詰められ、左右には同じ扉が均等に配置されていた。まるで高級ホテルのようだった。幾つもの扉を通り過ぎ突き当たりの大きな扉の前でジルは止まると私を振り返ってにっこりと微笑んだ。

「こちらがマリナさんのゲストルームになります。中へどうぞ。」

一歩中へ入ると、高級ホテルかと思えるほど豪奢な部屋だった。贅沢な装飾、クラシカルで気品に満ちた空間がそこに広がっていた。


「ねぇ、ここが私の部屋なの?」

私は開いた口が塞がらなかった。
知り合いだとしてもこの部屋は豪華すぎてとても私はお借りする気になれないわ。第一、落ち着かない。
きっと私はこういう暮らしはしていなかったみたい。

ジルは少し困惑した表情を浮かべながら私の質問に答える。

「こちらを用意するようにシャルルに言われてます。
お気に召さなければ別の部屋をご用意します。
マリナさんはどういったお部屋がよろしいですか?」

気に入らないとかじゃなくて小さな部屋を貸してもらえれば十分なのよ。
なんだか申し訳なくて…。
タダで治療してもらった上に面倒まで見てもらっていて私は何も覚えていないし、ここ以外に行くあてもない。
なるべくなら慎ましくして、思い出せるまではお世話になりたいってジルに打ち明けた。


「誰も出て行けなどと言いませんよ。
何も心配することはありません。
シャルルがこの部屋をマリナさんに使ってほしいと思って用意したのですから自由に使って下さい。
きっとその方がシャルルも安心するでしょう。」

ジルにそう言われて、素直に使わせてもらうことにした。

もしかしたら、こういう部屋は他にもたくさんあって、その中の一つだからあまり気にするなってことかもしれないわね。
アルディ家って凄いお金持ちみたいだし、きっとそうなのよね!

「何かありましたら内線電話で呼んでくださいね。奥にベットルームがあります。お疲れの様子なので夕食まで少しお休み下さい。まだ完全ではないので無理だけはしないようにして下さい。それでは失礼します。」

ジルは丁寧にお辞儀をすると部屋を後にした。ふかふかのソファに腰掛けてみる。どうにも落ち着かないなぁ…。
考えてみたら私はなぜパリにいるんだろう。荷物は何も持っていなかったって聞いたけどどういう事だろう…。
記憶が無い不安。私は誰でここになぜ居るの?
ソファに横になって天井を見つめながらあれこれと考えてみるけど、何も思い出せない。

自然と涙が一筋零れた。
得体の知れない自分、不確かな存在に不安を覚えていた。私は何をして何を見て何を考えて生きてきたのだろうか…。
何処へ向かい何処へ帰ればいいのか…。

何かきっかけが欲しかった。記憶の糸を手繰り寄せられる何かが欲しい…。
このままじゃいけない気がする。









つづく