今日で事故から8日が経った。
マリナの様子を見にICUへ向かった。
いつものように包帯を解き、消毒をする。傷の腫れもだいぶ引いてきて感染症の心配もあと数日といった所だろうか。
その時、彼女の指先が微かに動いた。
そっと手を握り自分の頬に寄せてみると、弱々しいが確かに握り返してくるのが分かった。
このまま覚醒してくれるといいんだが…そんな願いを込めて声を掛ける。
「マリナ、マリナ…起きてくれ…」
眠ってる彼女に声を掛け続けていると、重く閉ざされていた瞼がゆっくりと開き、焦点が合わないのか目をゆらゆらとさせている。
「マリナっっ!」
オレに視線をようやく合わせるとしばらく見つめている。オレは少々、焦りながら声を掛ける。
「マリナ、どこか痛いところはない?」
マリナはオレをじっと見つめるばかりだった。
「マリナ…?答えてくれ。」
彼女はこくんと頷き、不安そうにオレを見ていた。安心させようとオレは優しく問いかけた。
「ここがどこかわかる?」
マリナは首を傾げるとそのままオレから目を逸らした。どうも様子がおかしい。
まさかっ…?!
焦る気持ちを抑え込みオレは彼女の茶色の瞳を捉えて確かめるように尋ねた。
「オレが分かるか?」
彼女は信じられない事に首を横に振った…。愕然とした。記憶障害を起こしているのかっ!?心臓の鼓動が早まる。
オレは続けざまに質問する。
「君の名前は?」
すると、少し考えてる様子だったが首を小さく振りながら涙を流し始めたのだ。
オレは全身の血が一気に凍りつく思いがした。だがオレ以上にマリナはこの事実に衝撃を受けているはずだ。己が分からない不安とはどういったものなのか…とにかく安心させてやらなければならない。彼女がパニックを起こし益々、事態を悪化させるのは得策ではない。
「大丈夫だ。まだ目覚めたばかりだからだよ。すぐに全部思い出すから安心して。君の事はオレが必ず治してみせる。さぁ、もう少し眠ったほうがいい。」
オレの言葉を聞くと小さく頷き、彼女は目を閉じて再び眠りの世界へ引き込まれて行った。頬を伝った涙の痕跡をぬぐい、そっと頬に手をあててみた。
そこには確かにマリナの温もりが存在していた。だが、目の前の彼女はオレの知っているマリナではなかった…。
マリナであってマリナではない。
記憶障害…確認したい事はまだまだあるが、彼女が混乱すると判断して今日はここまでにする。
聞かれた事は理解していたようだ。
しかし本当にどこまで忘れてしまったのか?
自分の事も、事故の事も、そして、オレの事も……。
つづく