…シリルを選ぶと言うのか…
長いまつ毛を伏せ自分の感情を閉じ込めようと固く目を閉じた横顔を見ていられなかった。
私はシャルルにこんな切ない顔をさせてしまっていた。
私を失ってしまう事への恐怖、不安。
アルディ家という高貴な血族の当主という立場でありながら一般人の私と共に生きようとしてくれた。
私の知らない所でたくさんの敵も作っていたのも何となく感じていた。
そんな柵から解放してあげたかったの。
いつか二人は離れている事が普通になる日がくると信じて…。
私は別れて欲しいと願った。
アルディ家は窮屈だと言ってシャルルを拒絶してしまった。
シャルルを嫌いになったとはどうしても言えなかった。
アルディ家のせいにして私は逃げてしまった。
シャルルの気持ちを考えたら胸が詰まる思いだった。私の気持ちを尊重して別れを受け入れてくれたのに。
それでも、私を責める事も怒鳴る事もしないシャルルの強さを見た気がした。
ただ、自分の内に絶望を抱いて耐えているシャルルをもう見ていられない。
私は心変わりなんてしていない。
出来るはずがなかった。
こんなにもシャルルを愛しているんだもの。
シャルルに本当の事を話そう。
そしてシリルとは何でもないと、これだけは伝える義務があると思った。
好きだから別れた…だから幸せになって欲しいと…。
それだけは伝えなければいけないと思った。
「シャルル…私はあんたの事を…」
看護師がノックして入ってきた。
ワゴンに何枚かのタオルとお湯の入ったボールをのせて私たちの方へと歩いてきた。
「お体を蒸しタオルで拭きますね。明日は退院と伺いましたのでさっぱりしましょう。」
そう言うとベット脇にワゴンを置いてシャルルに申し訳なさそうに言った。
「少しの間、男性の方々は退室していただけますか?」
シリルはさっと立ち上がると部屋を出て行き、シャルルも後を追って出て行こうとして、ふと振り返ると看護師に名前を訪ねた。
「君の所属と名前は?」
その瞬間、ガシャーンと勢いよくワゴンを蹴飛ばしタオルやボールが散乱した。
看護師は袖口から隠し持っていたナイフを滑らせるように取り出すと私に向かって振りかざそうとした時にシャルルが女の腕を掴んで阻止する。
私は恐怖で言葉も出せず、動けない…。
シャルルが女の腕を掴みナイフを叩き落とさせたけど女は隠し持っていたナイフを左手で取り出しシャルルの右わき腹に突き刺した。
一瞬の出来事だった…。
シリルが飛び掛かり女を床に倒し押さえ込んだ。
シャルルはナイフが刺さったままのわき腹を押さえ膝をついた。
ナイフは柄の部分まで食い込んでいてシャルルにグッサリと突き刺さっていた。シャルルの白衣が見る間に赤く染まり始めた。
「いやーっっ!」
私はその光景を目の当たりにして悲鳴のような叫びをあげた。
「シャルルっ!大丈夫かっ?
マリナさん、急いで医者を呼んでっ!」
シリルは女を押さえていて動けない。
私は無我夢中で部屋から飛び出し近くにいた看護婦に助けを求めた。
その私の壮絶な表情と異様な迫力に圧倒され、何か大変な事が起こったのを感じ取ってくれた。
すぐに何人かの医師とスタッフが駆けつけてシャルルを運んでいった。
病気内が慌ただしくなり、看護師、医師
達の動きが忙しなく、警察も到着して女は連行されていく。
スーツ姿の人が頻繁に出入りし警察や外国人の姿も現れ始める。
フランスの要人が日本で襲われたと言うことでかなりの騒ぎになりそうだった。
私の病室にも人が出入りし、私はへなへなと床に座り込みシャルルの流した血を眺めて呆然とする。
また私のせいで…。
今度はシャルルまで…。
涙が溢れてポタポタと床を濡らしていく。息が上手く出来ない…。
私は息苦しさに加えて極度の緊張と興奮から目の前が真っ暗になり意識を失った…。
つづく