ジルに続いて集中治療室のドアを開けて中へ入っていく。
あまり広くないその部屋の中を見渡すとベットが一つとたくさんの機械に囲まれて置かれていた。
でもベットは空っぽだった。
そんな……。
まさか…。
身を切られるような衝撃が私に襲いかかる。空っぽのベットに駆け寄ってすがりつく。
手を伸ばしベットに触れても温もりはない…。ただ、シーンとしたシーツの冷たさだけが手のひらに伝わってくるばかりだった。
不要になったいくつもの機材。
役目を終えて全ての主電源がオフになっていた。
「うそよっ!いやっ!。シャルル…!」
「私はシャルルに幸せになって欲しかっただけなの。
アルディ家にとって相応しい家柄の人と一緒になれば、シャルルの悩みも減るんじゃないかって。
あのSPの人の人生も変えてしまったわ。
でもこんな事になるなんて…。
シャルルが居なくなるなんて考えら…」
それ以上しゃべれなかった。
ジルがそっと優しく私を胸に抱き寄せてくれた。涙はなぜか出てこない。
悲しくても涙って出ないもんなのね。
さっきまでシャルルは私の側にいたのに、なんて遠く感じるんだろう…。
指先がジンジンする。拳を握りしめた指先が白くなるほど強く握っていたせいだった。
シリルがドアを開けて入ってきた。
私を見ると付いておいでと、私の手を取った。怪訝な顔をするとシリルは優しく微笑みながら
「シャルルに会わせてあげるよ。」
それだけ言うとエレベーターに乗り込み地下へのボタンを押した。
それが何を意味してるか、私でも分かった。
「私、行かない。会いたくないの。」
エレベーターは地下へと降りて行く中、私は立っていられずしゃがみ込み、涙が止めどもなく溢れてきた。会いたくない…事実を受け入れられない。
途中階に止まる事なく地下へ到着した事を知らせる音が鳴りエレベーターの扉が開いた。
シリルは先に降りて私を待っていた。
「私は行かない。シリルだけで行ってちゃうだい。1人にしておいて…。」
そう言ったけれどシリルは私の腕を強引に引っ張りエレベーターから無理やり降ろした。
「シャルルとちゃんと向き合えよ。
このままじゃ先に進めないだろ?」
特別管理室と書かれた無機質な扉を開けて私を中へと入れるとシリルはドアを閉めた。
そこは応接室のような部屋だった。部屋の中央には重厚な感じのソファがテーブルを挟んで配置されていて、その奥には革張りのイスと大きな机。
何この部屋…?
私はこの部屋に連れて来られた意味が分からない。シリルを振り返って答えを求めるように見つめると優しい眼差しで私を見ていた。
奥のドアがカチャっと開くと、そこから見事な白金色の髪を揺らしながら気だるそうに歩いてくるシャルルが現れた。
青の手術衣を脱ぎながら私に視線を向ける。
「マリナちゃん、幽霊でも見たって顔をしてるぜっ!」
人は驚きのあまり言葉が出ないと言うけれど、まさにそれ。
状況が飲み込めず呆然とする私の前まで来るとシャルルが口を開いた。
「アルディ家の家訓にやられたら倍で返すって言うのがあるのは知ってるかい?
君にすっかり騙される所だった…。
アルディ家が窮屈だと言う君を縛り付けておくのは酷だと考えた。やはり君には重荷なのかと…。それなら君を手放すしかないと。
君の辛そうな顔は見たくない。オレが耐えればいいだけだ。
だが、先ほど聞かせてもらったよ。
集中治療室の会話はこの部屋のスピーカーで聞くことが出来るんだ。
そしてマリナ、君の想いを確かめたかった。
君のためならこの身が滅びても構わない。
しかし君がオレの幸せを願ってオレから離れるのなら、それはもはやオレの幸せではない。君が居てこそのオレだからね。
お返しに一芝居打ったってわけだ。こうでもしないと君は本音を言わないだろうからね。」
私は呆気に取られ怒りもなかった。
シャルルが生きていてくれた事が嬉しすぎて何もかも許せてしまった。
ただ、シャルルを確かめたくて両手をシャルルの頬に添えてる。暖かく柔らかい頬。
シャルルは私を抱き寄せ私の髪に顔を埋めた。
「マリナ、もう1人で悩むな。
君の不安も不満も全部オレが引き受ける。
オレは君と一緒なら何でもやり切ってみせるよ。だから離れるなんてもう言わないでくれ。」
つづく