シリルはため息をつくと私を抱き上げてアパートを後にした。
「今日こそ病院に連れていくよ。
凄い熱じゃないか。オレにわざと心配させてるみたいだな…。」
再びため息をつく。
シリルの腕の中で温もりを感じて私はシャルルを思い出していた。
前に風邪を拗らせた時の私を心配そうに、そして苛立たし気に抱き上げるシャルルの腕の強さ、逞しい胸。
熱のせいで潤んだ目から寂しさが込み上げてくる…。
日が経つに連れてシャルルへの愛しさが膨らみ、孤独は私を縛りつけて離さない。
あの温もりに包まれる事はもうない…。
いつか私を失うかもしれないと心を傷めて欲しくなかった。私の事で苦しめたくない。そうして孤独を選んだのは自分だった。
涙を流す私に気付かないフリをしていたシリルは表通りに出る直前に私の様子をうかがう。
「大丈夫かい?
すぐそこに車を待たせてある。
もう少しだから我慢して。」
シリルの腕の中で私は小さく頷く。
通りに出るとシリルは急に立ち止まる。
驚き、目を大きく見開いて立ち尽くす。
私はシリルの腕の中から、その視線の先に目を向けた。
シリルの車の後ろにもう一台、高級車が停車している。その車体に長身の体をもたれ掛け、腕を組んで、白金色の髪をなびかせこちらをじっと見つめるシャルルがいた…。
「シャルル…」
私は声にならない掠れた声でその名前を口にした。
シャルルは長い足で一歩ずつ私達に近づいて目の前まで来ると私の様子がおかしい事に気付く。
「マリナっ!どうしたんだ?」
私を覗き込み愛しさが溢れた瞳で私を見つめる。
シャルルの瞳に吸い込まれそうになって思わず、本当は愛してるの…と口にしそうになる衝動と私は闘った。
あの日の惨劇が思い出された。私の犠牲になってケガをした人達…血の匂い…
シャルルの不安気な顔。
忘れてはいけない。
同じことが起きないように私は日本に帰ってきたんだもの。
「熱があるのか……?」
シリルが私の腕の傷の事を話すとシャルルの眉がピクッと動いたのが分かった。
「シリル急いで病院の手配をしてくれ。マリナ、腕を診せて。」
シャルルは慌てた様子で私の腕をめくって傷口を見る。
「オレの車でこのまま病院へ向かう。
シリル、総理官邸に連絡を入れて近くの大学病院をすぐに使えるように手配するんだ。
…くそっ!」
車は大きな病院の正面に付けられ、シャルルは私を抱いたまま病院内へ入り、院長らしき人に特別室と書かれた部屋へ案内された。
「必要な物があればおっしゃって下さい…すぐに用意致します。」
シャルルは私をベットへ寝かせて待つように言うと部屋を出て行った。
突然の熱、そして再会に私は混乱していた。どうしてシャルルは日本に?
シリルを探しに来たの?
熱のせいで考える事も出来ない…。
つづく