「好きだ…」
シリルは耳もとでそっと囁いた。
逞しい胸に抱きしめられて私はドキドキしてしまう。
彼を好きになったわけではなかったけど、男の人にこんな風にされて平気でいられないわ。
だからと言ってこの雰囲気に流される
つもりはなかった。
「シリル……。離して。」
やっと声を出した。
私はシリルの胸の中から抜け出そうとジタバタしていたら
「うっ…!」と呻き声をあげてシリルが私を離した。
あっ…!私はシリルの傷口を押してしまったんだわっっ!
「ごめんなさいっ!大丈夫?!」
シリルは痛みで顔を歪ませながら挑発的な笑みを浮かべた。
「キスしてくれたら治るよ。」
そう言うと私に再び近付いてくる。
一歩、また一歩…。私はジリジリと後ろへ下がって扉まで来るとこれ以上逃げられなくなってしまった。
「傷口が開いたら責任をとってもらおうかな。マリナさん、意味は分かるよね?」
艶やかなムードを漂わせ、両手をドンと扉に押し付けて、私を腕に囲い込んだ。
どこにも逃げ場がなくなり、妖しげなムードを出されて私は戸惑った。
「待ってっ!私はそんなつもり…」
シリルは頬を傾けて近付いてくる。
そんなつもりで来たわけじゃない…涙が自然と溢れてくる。
シリルは私を見つめると、そっと涙を拭う。
「泣かないで…。ねぇ、マリナさん、オレと愛を始めないか?」
真っ直ぐに私を見つめて答えを待つシリルがいた。彼の気持ちに応える事は出来ない。私はシャルルを忘れる事ができないから…。
何も応えない私にシリルは手を伸ばし私の腕を掴んだ。瞬間、私は小さく声を上げて体を強張らせると、シリルは掴んだ手を放した。
私の左腕は、あの時の傷が化膿して少し皮膚がただれていたの。病院に行くのも薬を買うお金もなくて絆創膏だけ貼って放置していた。
「マリナさん、ちょっと見せて!」
袖をたくし上げて絆創膏をそっと剥がして目を見開いた。
「こんなになるまで、なぜ放っておいたんだよ?」
苛立たしげに私にソファに座るように言うと、シリルは何処かへ電話を掛けた。
少しして部屋のチャイムが鳴った。
シリルはホテルマンから何か受け取るとドアを閉めてこちらへ戻ってきた。手には紙包みが一つ。
手を洗って、紙包みからガーゼやらテープ、薬を出して私の腕を取ると丁寧に薬を塗ってくれた。
「乾燥させるのは良くない。塗薬を付けたガーゼを当てて、少し目立つけど包帯するよ。」
シリルもお医者さんなの?
手際よく包帯を巻くと苛立ちをあらわにしながら私に向き直って質問してきた。
「マリナさん、治す気ある?
あれだけの傷を放置するなんて考えられないよ。皮膚がただれて化膿していた。
なぜ、自分を大切にしないんだ!」
シリルの怒りの渦が私を取り巻き、私は泣く事しかできなかった。
命がけで守ってもらった人に何て答えていいか分からなかった。
お金がなくて…。
ううん、きっと違うわ。
私は自分がどうなってもいいって思っていた。何でもいいやって諦めていたの。
シャルルのいない孤独に耐えられなかった…自分で選んだ道なのに。
「ごめんね…。私、お金もなくて…。
仕事もなくて、絆創膏を貼る事しか思いつかなかった。」
黙って聞いていたシリルは私の頭を優しくポンポンと叩いた。
「怒鳴って悪かったよ。君が無茶をしてるのを見て我慢できなかった。
自分を大切にしてほしい…。ねぇマリナさん、オレと一緒にパリに行かないか?君を放っておけない。」
つづく