フラッシュバックは疑似体験だ。
映像として再現される場合もあれば、その時の恐怖心が蘇る場合もある。
オレはマリナの体を強く抱きしめた。
「大丈夫だ。落ち着いて」
するとマリナは首を左右に振った。
「ちがうの。ごめんね、シャルル。ずっと辛かったよね?」
まさか……!
鼓動が早まり、体中の血が一気に駆けめぐるかのようだった。
「思い出したのか?!」
顔を上げたマリナは大きく頷いた。
「思い出したわ。何もかも。シャルルがあたしを忘れちゃったらって、和矢みたいにって思ったら、急に頭の中にいろんな事が溢れてきて」
息をするのも忘れてしまうほどの戦慄が走った。これまで何度、夢に見たことだろう。
すぐに言葉が出てこなかった。
目の奥に熱いものが込み上げて来て、堪らずに上を向いた。
「泣かないで」
マリナの手がそっと伸びてきてオレの頬に触れた。
堪えていたはずの涙は止まることなく、知らぬ間に頬を濡らしていたのだ。
「どれだけあんたが苦しい思いをしたのかって思ったらあたし、本当にごめんね」
マリナの瞳がオレを優しく見つめている。
これまでよりもずっと温かい眼差しだった。
「オレの方こそあの便を、あんな物を君に用意してしまった」
「でもちゃんと見つけてくれたわ。それにあたしは頑丈だもの。あれぐらい平気よ。あんたに会うまでは死ねないもの」
事故以来、オレが自分を責め続けていたことをマリナはわかっているんだ。
だから何でもないことだとオレを必死に慰めようとしてくれているんだ。
だとしてもオレは謝りたかった。
「それでも君に恐怖を与えてしまった。本当にすまなかった。それに比べたらオレの痛みなど小さなものだ」
するとマリナは優しく微笑んだ。
「小さいはずないわ。あたしが怖かったのは落ちる時の一回だけよ。でもあんたはあたしが死んじゃったかもしれないって恐怖と、自分のことを一生思い出さないんじゃないかって恐怖と二回も経験したはずよ。だったらあんたの勝ちだわ。あ、でもあんたに見限られたかもって勘違いしたこともあったから、おあいこかな?」
その瞬間、オレはマリナの唇にキスをしていた。再開してからも、思いが通ってからもずっと封印していたそれを解き放った。
拙いながらもマリナは応えてくれた。
ゆっくりと唇を離すと、少し照れた顔でマリナがオレを見つめていた。
「オレを生かすも殺すも君次第だ。もうあんな思いは二度とさせないし、したくない」
「二度とないわ。だってあんたがそばに居て守ってくれるんでしょ?」
「あぁ、もちろんだ」
**
プライベートジェットの最奥にあるベットルームでマリナと並んで横になった。
当初は手前のソファベットでオレは眠るつもりだったが、マリナがオレに隣にいて欲しいと言い、オレにそれを拒む理由などなかった。
「全部思い出す前もあたしは確実にシャルルを好きになっていたわ。まさか本当にあんたの予言通りになるとは思わなかったけど」
「あぁ、オレに恋をするってやつ?」
「そう!今思えば、あんな風に言われたのも二回目だったのね」
くすっとマリナが笑った。
屋敷を追われ、二人で逃げ出したばかりの頃のことか。
あの時もオレを好きにならせると確かにオレは言った。
「オレはやると言ったらやるからね」
「すごい自信」
「そりゃ君に二度も好きと言わせた男だからね」
すると上を向いて寝ていたマリナがオレの方にコロンと体を転がしてきた。オレはそれを受け入れるようにマリナの頭の下へと腕を差し出した。
「でもね、思い出した瞬間、好きの重さが違いすぎてびっくりした。あたし、こんなにシャルルを好きだったんだって。思い出せて本当に良かった。じゃなかったら小さな好きでシャルルと居ることになってたんだもん。もったいない」
オレはマリナに顔を寄せ、額を合わせた。
「君はオレに誓いを破らせたいのかい?」
「何よ、誓いって」
「君のご両親に認めてもらうまでは君には手を出さないって誓い」
「え?いや……そんなつもりは全然」
急にしどろもどろになるマリナが愛おしい。
「オレは君が思い出してくれたってだけで狂いそうなのに、オレを好きな重さに驚いたなんて聞かされたら、もう理性なんてどこかへ行ってしまうよ?」
「だめよ。そういうことしてる時に何かあったらどうすんのよ?服着て逃げるんじゃ時間がかかっちゃうわ」
「その時は君だけシーツに包んで飛ぶさ」
するとマリナは目を白黒させた。
「あ、あんたは裸で飛ぶの?!」
「したことはないが、案外自由を感じられて良いかもね」
オレは体を起こし、マリナに覆い被さるように口づけをした。
マリナはオレの侵入を拒むように口を閉じた。それならばと耳元に唇を寄せた。
耳の弱いマリナはすぐに力が抜けた。
すかさずオレは緩んだ唇へキスをした。
柔らかなマリナの舌を絡めとる。
マリナから漏れ聞こえる吐息に自身を見失いそうになった。
さすがに歯止めが効かなくなると感じて唇を離した。
するとマリナは少し意外そうにオレを見た。
それはまた名残惜しそうにも見えた。
「もっとした方が良かった?」
「ばか……」
恥ずかしそうにそう言ったマリナに本気で理性が飛びそうになる。
「じゃ、電気を消すよ?」
「あ、あの時と同じ……」
「そうだった。君は明かりを消した途端にいびきをかくんだったな」
「ガオーッ」
つづく