忘れられないもの24
「あたしは……」
シャルルの青灰色の瞳が鋭く光り、今回の騒ぎの原因が一体何かを問いただしているように見えたけど、あたしは勇気を振り絞って言葉を続けた。
「あたしはシャルルに会いたくて空港まで来たの。でも間に合わなかった。
そしたらエンジントラブルがあったって空港のアナウンスが流れてきてシャルルの乗った飛行機に何かあったんじゃないかって思ったら急に息苦しくなってきて気が付いたらここにいたの」
「なぜオレに会いに?」
シャルルは真っ直ぐにあたしを見つめたまま、ただ一言だけそう言った。
まるで責められているような気さえしてきてあたしは何かを間違えているのかもしれないと思い始めた。
あたしはどこかで期待していたのかもしれない。シャルルに会いさえすればもう一度やり直せるんじゃないかと。
だけどここまで話しても表情一つ変えないシャルルを見ていてあたしはだんだん不安になってきた。
もうシャルルは新しい道を歩き出していて、ただあたしや和矢に友人として会いに来ただけなのにあたしが未だに独り身なのを知って心配して手紙を残していっただけなのかもしれない。
そう考えるとぼんやりしていたものがはっきりと見えて来るような気がしてきた。
シャルルがホテルで女の人と一緒にいた事もあたしが高瀬さんと一緒にいるところを見たであろうシャルルが何も言わずに空港に行ってしまった事も全て、友達として心配してくれていただけなのかもしれない。
高瀬さんといるあたしの姿はシャルルの目には幸せそうに映ったのかもしれない。「君が幸せならこの手紙は捨ててしまってくれ」あれは友達としての優しさだったんじゃないかって。
でも、あたしはもう逃げないって決めたんだもん。たとえシャルルに大切な人がいたとしてもあたしがシャルルを好きだって気持ちは変わらないし、好きになるのはあたしの自由だわ。どんな結果でも何も言わないよりずっとマシよ。だってこの八年ずっと後悔してきたんだもの。
あたしは自分の心を見つめて精一杯、自分の想いを言葉にした。
「あんたはあたしに会いたくなかったかもしれないけど、あたしはあんたが好き。それを伝えるためにここに来たの。
小菅で別れてからずっと後悔していた。あんたを一人で行かせてしまった事もあんたの手を離してしまった事も。
離れてみてどんなにあんたの事が好きだったのかが分かったの。
だけど勇気が出せないまま八年も経っちゃった。でも今日はどうしてもそれを伝えたくて……」
その瞬間、あたしは息も出来ないほどシャルルに抱きしめられていた。
「マリナ……!マリナ……!」
耳元で何度もシャルルはあたしの名前を呼んだ。
「オレが君に会いたくないわけがないだろ……」
絞り出すようにシャルルはそう呟き、あたしを抱きしめる腕をいっそう強くした。
「だって、あんたには大切な人がいるじゃない」
シャルルはあたしから体を離すと信じられないといった表情を見せた。
「ニーナの事か」
名前は知らない。でもホテルで一緒だった女の人のことだと分かった。あの時の事を思い出すと胸がチクリと痛んだ。
「うん」
「彼女はオレの部下だ。君の身辺調査を頼んでいた」
そう言いながらシャルルは点滴のボトルに視線を移した。手際よくあたしの腕からそれを外して銀色のトレーの中へ片付けるとあたしに視線を戻した。
「病院で声を掛けられただろ?」
あっ!あの時の外人さんってあの女の人だったの?!髪も縛っていたし顔もよく見てなかったから分からなかった。
外人さんってみんな綺麗だし同じに見えちゃうのよね。
「面会時間を聞かれたわ」
「その時に君のネームプレートが『高瀬』だったと報告を受けた。君は和矢ではなく別の人間と歩み出していると知った」
あたしは慌てて否定した。
「あれは違うのよ!ネームプレートを忘れて注意されそうになっていたら高瀬さんが自分のを貸してくれたの。それに高瀬さんとは何でもないし」
シャルルの青灰色の瞳がまた鋭く光った。
「何でもない人間に抱きしめられたりはしないと思うが」
やっぱりあの時、シャルルは見ていたんだ。
「あれはシャルルと女の人がエレベーターに乗っていくのを見たあたしが傷ついていたのを慰めてくれて……」
あの時の辛い思いが蘇ってきてあたしは涙が溢れた。
「どうやらオレ達はお互いに誤解していたようだな。
オレは君だけを永遠に愛していると前にも言ったはずだ」
「シャルル……」
シャルルは愛おしさが溢れ出す瞳であたしを見つめ、頬を傾けそっと口づけた。
柔らかな唇が重なりあたしは涙が溢れた。そっと唇を離すとシャルルは少し不機嫌そうに言った。
「やたらと男に抱きしめられるなよ」
「だって高瀬さんが……」
シャルルの腕があたしの背中に回されてあたしは再びシャルルの腕の中に包まれた。
「君の幸せな姿を一目見て、君への想いを永遠に封印しようと思って日本へ来た。覚悟はしていたよ。君と和矢の姿を見ても冷静でいられる自信はあった。
だがオレの知らない男に抱かれている君を見た時、胸が張り裂けそうだった。日本へ来たことを後悔したよ。このオレが自らの行動を後悔したのは初めてだ。さすがはマリナだと思った。君はオレの思いもしないことをいつもしてくれるね。
だがもうそれも終わりだ。二度と離しはしない」
シャルルは一旦言葉をきるとあたしを抱きしめる腕に力を込めて言った。
「忘れろ。高瀬の腕も温もりも全部オレが忘れさせてやる」
つづく