屋敷までの帰り道、これからの事を二人で話した。すぐに結婚をするわけではないが、一度日本へ行き、マリナの両親と話をしなければならない。
結婚を認めてもらえるまでパリには戻らない覚悟でオレは日本へ行くつもりだ。
「あたしも一緒に行くわよ」
「君をジェットに乗せるわけにはいかない。外傷後ストレス障害が心配だからね」
「でも、心配だわ」
「大丈夫。必ず君のご両親を説得してみせるから」
するとマリナがポツリと言った。
「そうじゃなくて、留守番は嫌よ」
寂しいと思ってくれるようにまでなったのかと少し浮かれた。
「すぐに帰ってくるよ。電話も毎日する」
するとマリナは小さな声で言った。
「そうじゃなくて、もしシャルルの乗った飛行機に何かあったらって考えたら怖いの。シャルルに何かあったら、あたし……」
そうか。
たとえマリナ自身が乗らなくても不安に感じてしまうのか。
後遺症とまでは言わないが、根深さに胸が痛んだ。
「事故がゼロとは言い切れ……」
「お願い。一人で残りたくない。行くなら一緒じゃないとあたし……」
「マリナ?」
呼吸が苦しそうだ。
ストレス障害か?
急いで車を路肩に停め、マリナのシートベルトを外した。
車で話すべきではなかったか。
「落ち着いて、マリナ。大丈夫、わかった。一人で行くのはやめるよ」
肩で苦しそうに息をしていたマリナがオレを見つめた。
「本当に?」
「あぁ。ごめん。君の気持ちをもっとよく考えるべきだった」
するとマリナはほっとした顔を見せ、次第に呼吸が整い始めた。
オレがマリナを失いたくないと思う気持ちと同じなんだと改めて胸が詰まる思いがした。
だとすると日本へ行かないという選択肢はない以上、二人で行くしかない。
「船じゃだめなの?」
「船か……。片道だけで数日はかかる。それならプライベートジェットに脱出用の装備を積む方が現実的かな」
「装備って?」
「パラシュートとボート、酸素ボンベ、それから食料か」
「ジェット機にはなんで全員分のパラシュートを積んでないんだろう。そしたらみんな助かるのに」
怖がらせないように慎重にオレは言葉を選ぶ。
「理由は三つ。一つは乗客がパニックの中でパラシュートを一人で装着するのが困難な上に、訓練を受けていないため。二つ目はジェットの高度だ。スカイダイビングなどとは段違いに酸素が薄い高さを飛行している。たとえ装着して飛び降りたとしても直後に低酸素症で意識不明となる。それを回避するには酸素ボンベが必須だがこれも乗客が装着できるか疑問だ。そして三つ目がジェット機には飛び降りるための設備がないことと速度だ。乗降扉から飛び降りた場合、翼や機体に当たって命を落とす危険がある。軍用機などは専用のスロープがあるから可能だが民間機ではないだろうからね」
「だったらプライベートジェットに装備を積んでもだめじゃない?あたしパラシュートなんてやったことないもの」
「パラシュートはプロと二人一組で飛ぶタンデムフライトがある。オレがAライセンスを持っているからマリナが少し練習すれば問題ない。酸素ボンベに関してもオレが扱えるから大丈夫。そして最後のジェットの設備だがアルディ家所有のジェットにはスロープが装備されている物がある。それを使えばいい。旅客機よりも低い高度を飛ぶから速度も問題ないだろうしね。無線も持っていけば救助要請も可能だ」
「シャルル、あんたってすごいわ。あたしの不安を一気に全部取っ払っちゃうなんて」
「お褒めに預かり光栄だよ」
「そしたら君のパラシュートの訓練が終わったら一緒に日本に行くことにしよう」
不安が消えたわけではない。
それでもオレがそばにいれさえすれば何とでもなる。
あの日とは違う。
つづく