きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

いつかの君を忘れない 24

マリナは退行催眠のことを言っているのか。言いたいことはわかるがミシェルの場合、この方法は使えない。


「退行催眠の中にインナーチャイルド療法というものはたしかに存在するが、それは患者の幼少期のトラウマなどにアクセスし、当時の心の痛みを癒し、現在の不安や苦痛を取り除くといったことが目的なんだ。ミシェルのような過去の恨みや妬みといった感情を消せるものではないんだよ。催眠療法は魔法ではないからね。ミシェルがこちらに危害を加えないという確証がなければ実現するのは難しいかな」

「そう……」


マリナはミシェルのことも覚えていない。
どれほど巧妙にオレを陥れたかも詳細は知らない。
だが、こうして絵を見るのとオレ達を目の前にするのは違うかもしれない。
ミシェルに会わせてみるのも有りか。
いや、ミシェルが何か仕掛けてくる可能性がある。
危険を冒してまで会わせる必要はない。
すぐさまオレは考えを打ち消した。
マリナはがっかりした様子だったが、ミシェルとの事は一朝一夕にはいかない。
気を取り直してオレは先を促した。


「そろそろシャンボールへ行こうか?」


「うん」


車を走らせ、シャンボール城近くのレストランで昼食をとった。
マリナは料理が運ばれてくる度に目を輝かせた。


「お屋敷のお料理も最高だけど、外で食べるのもいいわね」


テラス席を予約しておいて正解だったようだ。
今回はマリナの記憶を辿る旅ではない。
それでもどこかで期待している自分がいた。
シャンボール城に入るとすぐに二重螺旋階段が目につく。
マリナが階段を見上げた。
オレは息を潜めてマリナの様子を見守った。


「これってどこまで続いているの?」


「三階のバルコニーまで行けるよ。二重螺旋階段になっていて登る人と降りる人がすれ違わない設計になっているんだ。世界的にも有名なダヴィンチが設計したと言われている」


「それ、日本にもない?小学校の修学旅行で行ったような気がする。お堂みたいなやつ」


「それなら円通三匝堂、通称さざえ堂かな。当時の木造建築ではとても珍しい物で国の重要文化財にもなっているはずだよ」


「そんな名前だったかも」


そういうと特に変わった様子もなくマリナは階段を上り始めた。
二階の踊り場に差し掛かった時、マリナは足を止め、廊下の先に視線を向けた。
オレは静かにその様子を見守った。


「部屋数がすごいわね!」


その言葉に落胆しなかったと言ったら嘘になる。覚悟はしていたが現実は厳しかった。
おそらくマリナの記憶はシナプスの回路自体が途切れてしまっているのだろう。


「部屋数は全部で426部屋ある。この辺りでは最大規模の城だよ」


「そうなの?だったら全部見てたら夜になっちゃうわね。急ぎましょ!」


途端にペースを上げてマリナは階段を上って行った。
ふとオレは振り返った。
二度と訪れることはないであろう、その場所を一人静かに目に焼きつけた。


「シャルル、何してるの?早く」


マリナの呼びかけにオレは過去を胸の奥へとしまい込んだ。


「今、行く」


オレ達には未来がある。
それでいい。

 


三階のバルコニーからは見事なフランス式庭園が一望できた。
マリナは観光客に混じって、庭園を見ながら城の外壁に施された見事な彫刻を見上げている。


「本当に素敵ね」


「ずいぶんと気に入ったみたいだね」


「だってお城って憧れるじゃない」


「だったら君のために買おうか?」


するとマリナは顔を引き攣らせてまじめに答えた。


「え?いいわよ。夜になったら何か出そうだもの」


そんなマリナが可愛らしく思わず笑みが溢れた。


「ごめん、冗談だよ。買いたくても国の所有だから売ってくれないからね」


「シャルルなら本当に買いそうで怖いわ」


「でもこれだけは言える」


あの時のことを思い出す。


「何もかも、君にやる。この世界中でオレが手にできる全部を君に。これは本当だ」


するとマリナの瞳に涙が溢れた。


「ごめんね。こんなに想ってくれてるのにあたし……」


オレはハンカチを差し出した。


「君を泣かせるつもりで言ったわけじゃない。前にも言っただろう?君が居てくれるだけでいいと」


するとマリナはオレに一歩近づき、オレの胸に寄り添うように頭を預けてきた。


「好きよ、シャルル」


「本当に?」


オレは不意を突かれ、声が掠れた。


「本当よ」


その瞬間、オレを見上げるマリナの体をきつく抱きしめた。


「マリナ……マリナ……!」


「待って。シャル……ル、人が見てるわ」


「見させておけばいい」


たとえ記憶がなくなっても君は何度でもオレに恋をする。
予言めいたことを口にした。
あれは自分への慰めでもあった。
それが現実となった。
この場所はたった今、新たなオレ達の思い出の地となった。

 

 


つづく