数ある無人島の一つだけに、何が生息しているかまではさすがに把握していない。万が一、獣の類だった場合、どうするか?
ここはココヤシの葉で作ったとても簡易的なものだ。
獣に襲われたらひとたまりもないだろう。
二人を守りながらでは厳しいかもしれない。とにかくこの場から遠ざけなければ。
刺激しないようにオレは腰を屈め、低い姿勢でそっと外を見た。
するとそこには恐る恐るこちらの様子をうかがうジルの姿があった。
「ジルか」
声をかけ、ホッと胸を撫で下ろし、オレは立ち上がった。
「シャルル」
緊張していたのだろう。
ジルもふぅっと息を吐いた。
オレの帰りが遅くて後を追ってきたのか。
それならちょうど良い。
ジルにここを任せてオレがクルーザーまで行けばいい。
「中に二人、マリナとマルクがいる」
「マリナさんが?!それにマルクも!二人とも無事だったのですね!良かったです、本当に」
ジルは目に涙を浮かべた。
「あぁ、だがマリナが急性気管支炎の発作を起こしている。吸入薬がオレの医療バックに入ってるんだがクルーザーに置いたままなんだ。オレはマリナを連れてクルーザーまで行く。その間、マルクを頼む」
「わかりました」
オレはマリナを抱え上げると、海岸へと急いだ。
マリナの温もりが腕から伝わってくる。
「すぐに楽になるから、もう少し頑張れ」
この距離からでも喘鳴が聞こえてくる。
気管がだいぶ狭くなってきている証拠だ。
***
海岸にマリナを残し、オレは急いでクルーザーまで泳いだ。
そして医療バックを防水袋へ突っ込み、急いでマリナの元へ戻った。
吸入薬の口をマリナに咥えさせ、薬剤を吸い込ませた。
「深く吸い込んで」
吸入薬剤を二回吸い込むと、だいぶ落ち着いてきたようだ。
「これでもう安心だ」
「ありがとう。シャルルさん」
シャルルさん……か。
これはあの便にマリナを乗せてしまったオレへの罰なのかもしれない。
そこへ医療ヘリが海岸へ降り立った。
ジル達の待つ場所を救急隊員に説明すると、ほどなくしてマルクが担架で運ばれてきた。
ジルとはそこで別れ、二人をヘリに乗せてサランダの医療センターへオレは向かった。
検査の結果、マルクは右大腿骨遠位部骨折と全身打撲による内臓の損傷も見られ、すぐに緊急オペとなった。
あと数日発見が遅ければ命に関わっていただろう。
マリナは発作の名残りで咳がわずかに残ったものの、目立った怪我はなかった。薬の服用と点滴、それから吸入薬はしばらく続けなければいけないがそれ以外は何もなかった。
今日は大事を取って、ここに入院させるとして、その後どうするか。
パリへ連れて行くのか、日本へ帰した方がいいのか。
「あの……マルクは?」
「今、手術中だよ」
「元に戻るの?」
「あぁ、時間は掛かるけど大丈夫。ちゃんと治るよ」
「それなら良かった。マルクは機体が海に向かって落ち始めた時、自分のシートベルトを外して、必死にあたしに守ってくれたの。だからマルクに何かあったら、あたし……」
「後遺症が残る怪我ではないから安心して」
そうか、マルクは自分のことよりもマリナを。マリナが今ここにいるのはマルクのおかげだ。
あれほどの怪我を負いながら、きっとあの島までマリナを連れて必死に泳いだに違いない。
感謝してもしきれないほどだ。
「あの……シャルルさんとあたしって……」
「オレ達?」
「ううん、やっぱり何でもないわ」
マリナは何を言いかけたんだろうか。
オレは記憶を失ったマリナとどう向き合えばいいのだろうか。
マルクがどこまで話をしたのかわからないが、記憶のないマリナは戸惑っているに違いない。
しばらくはある程度の距離を置いた方がいいのかもしれない。
つづく