きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

いつかの君を忘れない 19

この一週間、オレは時間を作ってはマリナを連れて出かけた。マリナの記憶の小箱をオレは諦めきれなかった。
ルーブル、シャンボール、そしてオルレアンにまで足を伸ばした。
それでもマリナには何の変化もなかった。
帰りの車の中でマリナがぽそりと言った。


「本当ならたくさんの思い出があったのね、きっと、あたし……」


失った物の多さを実感させるだけになってしまった。
何か一つでもマリナの心に刺さるものはないかと必死になった結果がこれか。


「辛い思いをさせただけになってしまってすまない」


「ううん、何も思い出せなかったけど、色々見られて楽しかったわ」


こうして屋敷の門をくぐるまで車内は静かな時が過ぎた。
もう限界か……。
玄関口に車を停め、助手席へと回り込んでドアを開けた。
初めの頃はオレのエスコートに戸惑っていたマリナも、最近では慣れてきたはずなのだが、いつまでも降りてこない。


「気分でも悪くなった?」


心配して覗き込むと、マリナは俯いてしまった。


「……あたし、ここにいてもいいの?」


攻める方向性は違えど、マリナも同じことを考えていたのか。


「なぜ?」


気負わせないようにと、手を差し出すとマリナはオレの手を取って車から降りた。


「今のあたしはシャルルさんの知ってるあたしじゃないんでしょ?だから、ここに居てもいいのかなって」


寂しげに言ったマリナが愛おしく、オレは堪らずに抱きしめた。
腕の中でマリナが小さく震えたのがわかった。オレは腕を解き、代わりに頭をポンと撫でた。


「好きなだけ居てくれていいんだよ」


できることならこのまま永遠にそばにいてほしい。


「マルクが治るまでは居てもいい?」


そうだ。
初めからマルクの回復を見届けるために日本には帰らないとマリナは言っていた。
平行線どころじゃない。
やはり交点など見つけようがないんだ。
ここまで足掻いてはみたものの、オレはマリナを手放す覚悟を再びしなければならないのかもしれない。
生きてさえいてくれたらと願ったのは本心だ。
だが、まさかこんな形で……。


「シャルルさん?」


「あぁ、マルクが治るまで居てくれて構わないよ。彼は君の恩人だからね」


マリナに言うというよりは自分自身に言い聞かせているようだった。
幸福の果実の味を知ってしまった今、オレはあの時以上の苦しみに耐えられるのだろうか。


***


数日が経った。
オレは屋敷には帰らずに研究所で何度も朝を迎えた。
仕事に没頭している間は余計なことを考えずに済むからだ。
そんな中でもオレの中で答えはすでに出ていた。
今日はジルからの呼び出しでやむなくオレはアルディに戻ることにした。
どうやらオレとの面会を待つ人が数百に達したらしく、手を持て余し始めたようだった。
昼から夕方にかけ、数十人を相手に面会を済ませた。チェスだの乗馬だのと構っている場合ではない。
今日はお開きにしようと最後の面会者を見送り、椅子の背にもたれかかった瞬間、ノック音が聞こえてきた。
今日は終いだと伝えたはずだが、ずいぶん待たせたこともあり、仕方なくオレは入室を許した。
すると現れたのは松葉杖をついたマルクだった。


「シャルル様、少しよろしいでしょうか?」


その瞬間、オレの心がざわついた。

 


つづく