マリナの父親は念のため五日間、入院することになった。母親と話した結果、父親の退院に合わせてマリナも連れて三人で帰国したいと言われた。
見知らぬ国で家族が次々と入院となる事態に母親は抱えきれない不安を抱いたのだろう。
「シャルルさんにはお世話になってばかりで、このまま帰るのは申し訳ないけれど、日本で落ち着いた生活をさせてもらえますか?」
母親の申し出にオレは何も言えなかった。
「マリナは何て言ってましたか?」
「これから話してみます」
オレが許可さえ出せば、マリナはいつ退院しても大丈夫な状態にまで回復していた。
タイミングを見て両親にはマリナをパリへ連れて行く話をするつもりだったが、おそらくもう聞き入れてもらえないだろう。
そろそろオレもパリへ戻るべきか。
夜になりオレは一旦、ホテルへ戻りシャワーを浴びて睡眠を取った。
明日にはマリナから日本へ帰ると話をされるはずだ。
覚悟はしていたが、いざとなると心は揺れた。このまま日本へ帰してしまったら二度とマリナは……。
明け方近くまで眠れず、オレは少しだけ仮眠を取り、病院へ戻った。
だが、病室にマリナの姿はなく、病棟を彷徨いているのかと辺りを探した。
その時、ふとマルクの顔が浮かんだ。
エレベーターを降りて、マルクの病室の前に来ると、二人の話し声が聞こえてきた。
「どうして?」
「このままマルクを置いて帰れないわ」
「私はあと二週間もすれば退院ですし、もう心配はいりません」
「ちゃんと歩けるようになるのを見届けてからじゃないと帰れないわ」
「そういうわけにはいきません。ご両親が帰国された後も一人でアルバニアに滞在するつもりですか?」
「シャルルさんに頼んでマルクもあたしと一緒に退院できないか聞いてみるわ。そしたらマルクはパリに帰るんでしょ?」
「そうですが、パリに行くことをご両親はなんとおっしゃっているのですか?」
「まだ話してないわ。でもマルクを残して日本には帰れない」
「マリナ様は何も悪くない。私に対してそこまで責任を感じる必要はないのです」
「だって、あたしはマルクを……」
まさか……。
オレはそれ以上、聞いていられなかった。
ここまでマリナの中でマルクの存在が大きくなっていたとは。
マリナに記憶がない以上、オレにマリナを責める権利はない。
だからと言って受け入れられるはずもない。
オレはひとまずマリナの病室へ向かった。
マリナがどれほどマルクの元に居るのかを知りたかった。
そしてマリナにさっきの話を切り出されたら何と答えようかと考える時間も必要だった。
18分か。
マリナはドアを開け、オレが病室にいることに驚いていた。
「シャルルさん、来ていたのね」
「散歩かい?」
「あ、うん。ちょっとその辺を」
マルクを見舞っていたとは言ってくれないのか。
「内服薬だけになったけど、咳とか出てない?」
「うん、全然」
「あと10日続けたら終わりにしてもいいかな」
「それじゃ、もうすぐ退院?実はお願いがあるんだけど」
今じゃない。
まだ、オレには迷いがある。
携帯を取り出し、オレは画面を見た。
「すまない、着信だ」
「あ、うん」
その場から逃げるようにオレは病室を出た。答えを先延ばしにした所で状況は変わらない。
それでも決断できずにいた。
手に持ったままの携帯を操作する。
「マルクの身辺調査を頼めるか?」
「マルク・エルナルドですか?」
ジルの怪訝そうな声が聞こえてきた。
「そうだ」
「アルディで仕事をしている時点で、彼に問題はないかと思いますが、何かありましたか?」
オレはジルにすべてを話した。
「吊り橋効果でしょうか」
「いや、あれに持続性はない」
オレ達は互いに答えのない問いに沈黙した。
「シャルル……大丈夫、ですか?」
「すまない、そろそろ病室に戻るとする。マルクの件は頼んだ」
「わかりました」
マルクから何も出なかった時、オレはどうするべきか。
つづく