きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

いつかの君を忘れない 12

マルクは二週間ほど入院した後にパリへ連れ帰るとして、問題はマリナだ。 
午後の便でマリナの両親がこの病院へ来る。
両親へは昨日のうちに連絡をした。
マリナを無事に見つけたと伝えると父親は隠しはしていたが、感極まって静かに男泣きをしているのがわかった。電話越しに母親の嗚咽も聞こえてきた。
その時、オレだけではないのだと改めて実感した。当然だが、両親もマリナの奇跡の生還に震えた。
サランダまでのジェットの手配を申し出たが、父親に自分達まで事故にあいたくないと断られた。加えてお前は死神だと罵られたが、返す言葉などあるはずもない。
おそらくマリナを日本へ連れて帰ると言うだろう。
オレはそれを受け入れるしかないだろう。
生きてさえいてくれたらと願ったが、再びマリナの手を離さなければならなくなるのか。
いや、まだ望みはある。
マリナの記憶が戻れば、手を離さずとも共に生きていく選択肢は残る。
オレはその手がかりを見つけるため、マリナの所へ顔を出す前にマルクの病室へ立ち寄ることにした。


入り口にマルク・エルナルドと書かれた病室のドアをノックしかけると中から話し声が漏れ聞こえてきた。
医師の回診か?
いや、この声はマリナだ。


「あたしは大丈夫。マルクこそこんな怪我して、無茶するから」


「あの時はあれしか思いつかなくて。でも二人とも無事に助かって良かった」


マルクを見舞いに来ているのか。
胸の中で黒いモヤが渦巻いた。
いや、マルクはマリナの命の恩人だ。
自分の中の黒い感情を振り払い、オレはドアをノックした。


「どうぞ」


何事もなかったようにオレは入室した。
マルクのベットサイドに寄り添うようにマリナが座っていた。


「だめよ、無理しちゃ」


マルクが慌てて起き上がろうとするのを、オレが止めるよりも先にマリナが止めた。


「そうもいきません」


マルクは躊躇いがちにマリナを宥めた。


「いや、マリナの言う通りだ。そのままでいい。それより調子はどうだ?」


「すみません。では、このままで失礼します。医師の話では二週間もすればリハビリを始められるそうです。これもすべてシャルル様の救助が早かったおかげです。ありがとうございました」


「二人が無事生還を果たしてくれたこと、心から感謝している」


「いえ、マリナ様を無事にパリまでお連れすることができずに申し訳ありませんでした」


「君は何も悪くない。むしろ最善を尽くしてくれた。それだけで十分だ」


オレ達の会話を黙って聞いていたマリナが、ふと立ち上がった。


「それじゃ、あたしは病室へ戻るわ」


オレに言うというよりは、マルクへ言っているようだった。
これは仕方のないことなのだと自分を律した。マリナにとってオレは知らない人間なのだ。


「それなら送って行くよ」


それでもオレは……。


「大丈夫、一人で戻れるわ」


「君が嫌でないなら送らせてもらえないかい?」


ここは病院だ。
何もないのはわかっている。
それでもオレは二度と後悔したくなかった。


「マリナ様、念のためです」


「そんなに言うなら……」


マルクの口添えがあったからなのか、マリナは前言撤回し、オレの同行を受け入れてくれた。

 


エレベーターで二つ上がったフロアにマリナの病室がある。


「咳は治まっているようだね」


「もう点滴しなくてもいいなら、これ、取ってもらえないかしら?」


サーフローか。


「症状がなくても点滴は一週間は続けた方がいい。サーフローは抜けるが点滴のたびに針を刺すことになってしまうよ」


「サーフローって?」


「その左肘の内側にある留置針のことだよ。針といってもプラスチック製だから痛みはないと思うが、煩わしさがあるか。場所は変えられるけど、病室に行ったら変えようか?」


するとマリナは首を振った。


「ううん、だったらいいわ。毎回刺されるのも嫌だし、これを付ける時も痛かったから我慢する」


「それなら血液検査の結果を見てからだが、数値が安定していたら内服薬だけにするようにオレから話してみるよ」


「うん、ありがとう」


マリナの表情がパッと明るくなった。
事故以来、マリナが見せた初めての笑顔にオレは胸が熱くなった。
すべての苦痛から守ってやりたいと思えた。

 

 


つづく