きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

いつかの君を忘れない 17

一週間後、オレは二人を連れてパリへ戻った。
マルクは屋敷内で英雄さながらの歓迎を受けた。その日は使用人達の間でもマルクの奇跡の生還にまつわる話で持ちきりだった。
一方、マリナにはどう接するべきなのかと使用人達も戸惑いの色を隠せないようだった。
マリナがパリに来ることが決まってから、オレの部屋の隣には新たにマリナ専用の部屋を作らせた。
マリナが快適に過ごせるようにと、部屋のデザインからインテリアも含め、すべてオレが考えた。
マリナのために服を用意し、身の回りの物で必要だと考えられる全てを準備させた。
それに携わった者も少なくはない。
そしてあの日、マリナは皆の歓迎を受け、新生活をスタートさせる予定だった。
それが一転した。
以前考えていたような将来を見据えた関係ではなく、あくまでもオレの大切な客という形で接するように皆には伝えた。
オレを忘れてしまったことをマリナが負い目に感じないようにと考えた。
そこでマリナには別のゲストルームを用意した。医務室の一つ上の階だ。
マルクの治療は医務室で続けることにした。組織体はすでに軟骨化へ移行していたため、硬度測定後に徐々にリハビリを始めるつもりだ。
事故からすでに三週間あまり。
筋萎縮や拘縮がすでに始まり、早期のリハビリが必要だ。マリナには元に戻ると話したが、大腿骨遠位部骨折は後遺症が残ることが多い。
膝の可動域が狭くなり、歩行困難や屈む姿勢などができなくなるケースも少なくない。
もしもそんなことになればマルクの今後の生活は変わってしまう。
それだけは避けたい。
それはマルクの為でもあり、マリナの為だからだ。マリナは責任を感じずにはいられないはずだ。だから何としてでも完治させてみせる。
翌日から理学療法によるリハビリを開始させた。最初は日に一度、そして様子を見て午前と午後の2回行わせる予定だ。
オレはといえばマリナのことはジルに任せ、これまで休んでいた間の仕事をこなす日々に追われ、帰宅は深夜に及ぶ日が続いた。

「マルクの元へは今日も。止めなくていいのですか?」

「行きたいと言うなら仕方ないだろう」

「そんな悠長なことを言っていると……」

言葉を飲み込んだが、二人の絆がさらに深まるとジルは言いたいのだろう。

カリギュラ効果だ。人は禁止や制限をされると逆に反発したくなる。欲求はさらに高まり、強い欲望となる。オレはそれを避けたいだけだ。何も二人の仲を取り持つつもりはないよ」

「当たり前です。それならシャルルもマリナさんともっと多くの時間を持つべきです」

ジルは焦れたように拳を強く握った。

「わかっている。そのために連日こんな時間まで働いている。明日には一段落する。その後はマリナを連れてアンボワーズヘ行ってこようと思っている」

「現実逃避ではなかったのですね」

「くだらないことを言うな」

「心配していたのです。マリナさんと向き合うことが辛いのかと」

日本でマリナと別れてから三年。
何度も連絡があったと知った時、オレは胸を躍らせた。
居ても立っても居られずにすぐに電話をかけた。懐かしい声に当時の想いが一気に溢れ出した。
それでも平静を装い、用件を尋ねた。
しばしの沈黙後、マリナの口から信じられない言葉を聞いた。

「会いたい……」

その時オレの中にあの時の記憶が蘇った。
マリナに愛を告げられた時のことだ。
同じ轍は踏むまいと心を落ち着かせたオレは、マリナの覚悟を確かめるためにアパートを引き払い、永住する覚悟があるなら、再び自らの想いを解き放つと条件を出した。
するとマリナはしばし悩んだ後、オレの条件を飲むと言った。
マリナの本気に触れ、オレは人生で二度目の幸福感に満たされた。
それからはあっという間に日程の調整が進んだ。
本当はすぐにでも日本へ向かおうと思ったが、正式にアルディ家の当主になったオレは簡単には身動き取れなかった。
そして……あの日、マリナはパリ行きのジェットに乗った。
オレがマリナの運命を変えてしまった。
そして、これからオレはマリナと記憶の旅をする。
だが、ジルの言うようにマリナと向き合うことに不安がないわけではない。
もし、それでもマリナの記憶に何の変化もなかった場合、オレは再びマリナの手を離さなければいけないのだろうか。

「オレが見事、この困難に打ち勝てるように祈っていてくれ」


つづく