きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

いつかの君を忘れない 13

マリナを病室まで送り、回診に来た医師と入れ替わる形で病室を出た。
もちろん検査結果次第で点滴治療を早めに切り上げる提案も担当医師にはした。

「貴院の方針に口出しするのは本意ではないが、彼女の苦痛を少しでも軽減させたいと考えている」

「いえ、私は世界的にも有名なアルディ医師の方針に異論はありません。明日の結果次第で内服薬への切り替えを検討しましょう。それにしても、あの事故から二週間経ってからの……」

この病院にも多くの被害者が搬送される中、二人の生存は奇跡的なものだった。
担当医師の話に、ほどほどに付き合いつつ、オレはその場を後にしマルクの元へ向かった。

「君の家族への連絡はした。明日にはこちらへ来るそうだ。マルク、本当にすまなかったな」

「いえ、事故が起きたのはシャルル様のせいではありません」

「君がいてくれなかったら、おそらくマリナは助かっていなかっただろう。苦労をかけたな」

「直前の落下角度が海面とほぼ水平になったおかげで機首へのダメージが少なかったことが幸いしました。おそらく後方は……」

「あぁ、被害は後方部分に集中していた。何にせよ、君のおかげだ。島にはその日のうちに漂着したのか?」

マルクの話によると、海面との接触の際、機体に亀裂が走り、その隙間からすぐに脱出できたそうだ。
マリナの座席のベルトは損傷を免れ、機体の沈む渦に巻き込まれることもなかった。
中にはベルトが外れずにそのままという者もいたのだろう。
二人とも救命具を装着していたため、泳げないマリナを連れてでもどうにか島へ辿り着けたそうだ。
距離にして約4キロ。
あの島に辿り着けたのは潮流が味方をしてくれたのも大きかったのだろう。
多くの偶然が重なり、二人はあの島へ上陸できた。
無人島ではあったが、食せる果実で飢えを免れることもできたそうだ。

「マリナ様は私を気遣って下さって、果実を何度も取りに行って下さいました。自分はこういうピンチには強いのだとおっしゃっていました。本来であれば私がしなければいけないことをマリナ様にさせてしまい、申し訳ありません」

命さながら無人島に辿り着いた二人は、励まし合い、互いを労りながら日々を過ごしたはずだ。
墜落事故という大惨事を共に乗り越えた二人に深い絆が生まれるのは当然とも言えるだろう。

「ところでマリナにはオレのことを何と伝えてある?」

「お二人の想いが通じ、マリナ様はシャルル様の暮らすパリへ向かう途中に事故に遭われたと話をしました」

「その時のマリナの反応は?」

マルクが唇を軽く引き結んだのがわかった。
事実がオレの望む答えではない故に躊躇っているんだろう。

「オレに気を使わず、正直に話してくれ。この先のこともあるからな」

「わかりました。シャルル様に関する記憶がないとおっしゃっていました。なぜ自分はパリに行こうとしていたのか、シャルル様とはどこで知り合ったのか、全く覚えていないと」

「そうか。色々すまなかったな。復帰の時期は相談して決めよう。今はゆっくりと療養してくれ」

「お気遣いありがとうございます」


***

午後には予定通りマリナの両親が病院へ到着した。
二人が受付で手間取っている姿を見てオレは声をかけた。
ここではアルバニア語が公用語で何とか英語なら通じるといった程度のため、通訳を申し出た。
迷いはあったようだが、言葉の壁には勝てないと考えた父親はオレの申し出を受け入れた。

「マリナの病室は?」

面会の手続きを済ませると、父親はぶっきらぼうにオレに訊ねた。

「三階の310です。こちらへ」

エレベーターを待つ間、オレはマリナの状態を説明した。

「電話でもお話しした通り、怪我もなく、今はアナフィラキシーによる発作も治まっています。今後は齧歯類との接触さえしなければ特に問題はありません」

「あの……一部の記憶がないと言ってたけど」

じっと話を聞いていた母親が堪らずに聞いてきた。

「事故以前の私に関する記憶だけが抜け落ちています。それ以外のことはお二人のことも含めてすべて覚えているようです」

「そう……なのね。でもどうしてあなたのことだけ」

憐れむように母親が言った時、エレベーターが到着した。

「どうぞ」

オレ達三人を乗せたエレベーターは三階を目指した。
無言の時間は一分足らずだったか。
沈黙を破ったのは到着を知らせるチャイムだった。
310と書かれた部屋の前で父親が口を開いた。

「シャルル君、マリナを見つけてくれたこと、本当に感謝している」

父親が初めてオレの名を口にした。

「だが、君の記憶だけがないということは、マリナは自分をこんな目に合わせた君をよほど恨んだのだろう。勝手を言って申し訳ないが、もうマリナには近づかないでもらえないだろうか?」

「お父さん……そんな言い方は」

母親が慌てて父親を止めに入ってきた。

「母さん、わかってる。だけどマリナには一日でも早く事故のことを忘れさせてやりたいんだ。怪我はなくても相当なショックだったろう。幸いなことに彼のことも忘れているなら日本で穏やかに暮らす方がいいと思わないか?」

両親が娘の平穏を望むのは当然のことだ。
そしてその為には父親の言うことも間違いでない。
ただ、日本へ連れ帰ると言われた時、オレは何と言って両親を説得し、マリナをパリへ連れて行こうかと考えていた。
それが根本から覆された。
このままオレはマリナを諦めるしかないのか。
いや、だが。
オレの中で二つの感情がせめぎ合う。
いつかオレのことを思い出してくれると信じてそばに置くことが正しいのか、こんな運命を背負わせたオレにはそんな資格はないのか。

「今日は帰ってもらえないか?」

答えを見つけられずにいるオレに父親は決断を迫った。

「わかりました。今日のところは帰りますが、明日は検査結果を元に担当医師と今後の治療法について話さなければなりません。医師としてもまだマリナから離れるわけにはいきません」

医師という立場を利用し、オレは父親の提案を拒んだ。
今のマリナならオレが見なくても問題はない。適切な投薬をすればいいだけだ。
だが、マリナにとっての最善を見つけるまでは、しばらくこの立場を利用させてもらう。

 

つづく