シャルルは図書室の奥の部屋に鍵を隠したと言っていた。柱時計の仕掛けで出入りできるあの部屋だわ。あたし達はアデリーヌと一緒にそこへ向かった。すると以前とは雰囲気の違うドアに変わっていた。
「ドアを変えたのか?」
「ええ、ずいぶん前に。あなたがせっかく考えたっていう仕掛けも潰してしまっ……」
アデリーヌの言葉を最後まで聞かずにシャルルは部屋の中へ入って行った。
あたし達も追いかけるように部屋に入った。するとシャルルは柱時計の扉を開けて何度も時計の針を動かしていた。
だけど前みたいに書棚は動く気配すらなかった。
「奥の部屋はどうなってる?出入りできるのか?」
アデリーヌは首を振った。
「できないわ。マリウスが誤って触って開かなくでもなったら困ると思って歩き始めた頃に塞いでしまったのよ」
「部屋の中はそのままか?!」
「ええ、そのままになってるわ」
シャルルの青灰色の瞳が光った。
「よし、それなら問題ない」
シャルルは仕掛けで動くようになっていた書棚に手を掛けるとそれを横にスライドさせるようと押し始めた。
ギッと軋む音と共にゆっくりだけど書棚は動き始めた。
かなり重そう。
それを壁際まで押し切ると、明らかに周りの壁とは風合いが違う壁が姿を現した。
「アデリーヌ、あとで元通りにするからこの壁を壊してもいいかい?」
「それは構わないけど壊せる?」
シャルルは壁を叩いたり、耳をあてたりしていたけど、ため息をついた。
「バールぐらいじゃだめそうだな。きっと中に鉄板が入ってる。とはいえ業者を入れるとなると時間がかかるな」
ふと上を見上げると壁のすぐ横に格子状の枠がはめられているのを見つけた。
「シャルル、あれは?」
シャルルはそれを見ると「ベンチレーターか」と呟いた。
「ベンチレーターって何?」
「換気口のことだよ。あそこから外気を取り入れているんだ」
あたしはそれを聞いて、前にシャルルの家でジルと一緒に天井裏に上ったことを思い出した。
「あそこから入れないかしら?」
「アデリーヌ、この部屋の図面はあるか?」
するとアデリーヌは棚を指差した。
「あるとすれば、そこの本棚だと思うけどどれかしら?」
すかさずシャルルはずらりと並んだ本の背表紙を順に見始めた。
その様子をあたしはじっと見守っているとシャルルがスッと一冊のファイルに手を伸ばした。
「あった」
シャルルはそれを手に取るとパラパラっとページをめくりだした。
シャルルの長い指が図面をなぞっていき、探していた物を見つけたのか、シャルルの指がピタリと止まった。
「だめだ。中にファンがあって、これじゃ通れない」
ファンってプロペラみたいのが回ってるやつよね。
もし手で触ったりしたら危ないわ。
その時、アデリーヌが窓の外を見て言った。
「外から入れないかしら。たしか外にも似たような物があったと思うけど」
「外壁に使用する際はファンがないタイプの可能性が高いな」
シャルルはそう言うと図面に視線を落とした。
「だめだ。こっちはファンはないがかなり狭いな。やはり業者に頼むしかなさそうだな」
「本当に申し訳ないことをしちゃったわね。とりあえず業者に連絡してくるわ」
「待って。人が通れないほど狭いの?」
するとシャルルは少し考えてから首を振った。
「子供なら通れるだろうが」
「だったらあたしは通れるんじゃない?」
「いや、行けたとしても戻って来られるかわからない。危なくてさせられないよ」
行けるなら戻って来られるでしょ。
だって通れるんだものとあたしが言うと、シャルルの冷たい視線が飛んできた。
「君には想像力がないのか?考えてもみろよ。向こうには都合よく脚立や梯子があるわけじゃない。帰りはどうやって換気口に上がるんだ?」
あ、そっか。
そこまで考えてなかったわ。
「それなら壁際にチェストがあるけど。それに上れば戻って来られるんじゃないかしら?」
「あら、都合よくあったわね」
あたしがクスッと笑うとシャルルは悔しそうにあたしを睨んだ。
こういう感じ、なんだか懐かい。
「チェストの高さはどれぐらい?」
シャルルの問いにアデリーヌは手を自分の胸の辺りの高さで調整しながらシャルルを見た。
「このぐらいかしら?」
「90って、ところか」
シャルルは呟きながらあたしに目をやった。
「上れるか?君の身長からするとギリギリだと思うけど。チェストがあってもそれに上れなければないのも同然だからね」
あたしは自分の胸をドンと叩いた。
「それぐらいならジャンプすれば上れるわ。業者を待ってる時間もないんでしょ?」
明日にはパリに戻りたいってここへ来る車の中でシャルルは言ってたもの。
それでもシャルルはまだ迷っているようだった。
「それなら業者に電話していつなら来れるか聞いてみるわ。それから考えればいいんじゃない?少し待ってて」
アデリーヌが行ってしまうとシャルルはふとあたしに向き直った。
「本当にいいのか?」
「ん?」
「時間がないのは確かだけど、無理しなくてもいいんだよ」
シャルルは心配してくれてるんだ。
「あたしなら大丈夫よ」
「怖くない?」
あたしは頷いた。
ちょっと行って帰って来るだけなんて楽勝よ。それよりも頭がつっかえないかの方が心配よ。
そこへアデリーヌが戻ってきた。
「来週にならないと来れないそうよ。どうする?」
「君に頼むしかなさそうだ」
「任せておいて」
あたしの言葉にシャルルは頷くとアデリーヌに向き直った。
「梯子か脚立、それに懐中電灯を用意してくれ」
「わかったわ」
つづく