アデリーヌが準備してくれている間にあたしはシャルルから鍵の場所を教わった。
「時計のちょうど反対側に仕掛けの歯車がある。その歯車の部分にスライドすれば開く小さな箱が内臓されている。その中に鍵を隠した。真鍮色の古い物だから見ればすぐにわかると思うよ」
「わかったわ」
あたしは言われたことをしっかりと頭に叩き込んだ。
「準備ができたわよ」
アデリーヌに呼ばれてあたし達はお屋敷を出て、建物伝いにぐるっと回った。
目的の場所へ着くと大きな脚立が建物に張り付くように置かれていた。
脚立自体はそれなりの高さだった。
二階の換気口から入って床下の通気口を開けて入ることになっていた。
外の換気口はすでに外されていてぽっかりと穴が空いていた。
シャルルは脚立の位置を確認すると、ポケットから何かを取り出した。
「これを付けていくといい」
見ればそれはあの赤いカメオの付いたイヤリングだった。
「翻訳機なんて持っていってどうするの?」
あたしがキョトンとしているとシャルルはその目を光らせた。
「通信機能も追加しておいたんだ。ここを押すとオレのこのインカムと通信できるようにしておいた」
説明しながらシャルルは自分もポケットからインカムを出して耳に付けた。
「バッテリーの容量は小さいから10分も話せないけどね。おいで」
シャルルはあたしに近づくとそっとイヤリングを付けてくれた。
「よし、じゃあ行こうか」
そういうと徐にシャルルはあたしの体を攫うように持ち上げると肩の上に軽々と担ぎ上げた。
ひぇっ!何するの?
「ちょっと、シャルル?!」
慌ててジタバタすると、シャルルはあたしを下ろした。
「そんなに暴れたら落ちるだろ?」
「だって、なんで持ち上げるのよ?」
「なんでって、君じゃ脚立で上まで行っても換気口に足から入れないだろう?」
「足から?」
「まさか、頭から入るつもりだった?」
「そのつもりだけど」
「じゃあ、向こう側には頭から降りるつもりだったのか?」
あっ……そっか。
シャルルが呆れた様子で小さくため息をついた。
「足から入らないと降りる時に困るだろうと思って、オレが換気口まで君を運んで足から入れてやろうと思ってたんだが、自分でやれるって言うならオレはどちらでもいいんだけどね」
シャルルは心配してるっていうよりは、まるで自分の正しさを誇示するような言い方だった。
あたしは脚立を見上げた。
逆さまで上れるはずもなく、かといってあの上でくるっと体勢を変えることもできるはずない。
「ごめん。あたしが悪かったわ。お願いしてもいい?」
「Oui、Dame」
シャルルの声のすぐ後に「はい、お嬢様」という音声が耳に流れ込んできた。
そっか、イヤリングしてたんだった。
「ちゃんと聞こえた?」
「うん」
シャルルはクスッと笑うと、ナイトのようにかしこまって手のひらをあたしに差し出した。
あたしはその手に自分の手を乗せた。
すると一気にシャルルに持ち上げられ、肩に担がれた。
お嬢様なんて言われたけどこれじゃ、まるで米俵だわ。
「今度はじっとしているんだよ」
シャルルはあたしの足を片手でまとめて掴むと、反対の手を脚立に伸ばして上り始めた。
地面が少しずつ遠くなっていき、あたしは下を向いた状態で運ばれているだけで、今がどこ辺りなのかもまったく検討もつかず、怖くてシャルルの背中をぎゅっと掴んだ。
「怖い?」
「少しだけ」
するとシャルルはあたしを掴んでいる手に力を込めた。
「オレに何かあっても君だけは絶対に守るから心配しないで」
その言葉はまるであたしを忘れてしまう前のシャルルそのもののような気がしてあたしは胸がジーンと熱くなった。
「だめよ、落ちる時は二人とも助かるように上手くやってちょうだい。シャルルならできるでしょ?」
するとシャルルは足を止めて大きく息を吸った。
「そうだな。君がそう言うならきっとできる気がするよ」
そして力強くまた一歩ずつ上り始めた。
シャルルの身長もプラスされて、かなりの高さまで来た所であたしは足から換気口の中へ入れられた。
あたしはうつ伏せの体勢でちょうどシャルルと向き合う格好になった。
「それじゃ、頼んだよ」
「任せておいて」
つづく