翌日、あたしはシャルルと一緒にオルレアンに行くことになった。多くの時間を共に過ごすことが、あたしとの記憶の糸口になるとシャルルは考えたんだ。
あたしもシャルルが早く思い出せるように精一杯頑張ろうと思った。
アデリーヌの住むお屋敷に着いたのはお昼を過ぎた頃だった。
「どうぞ入って」
アデリーヌの隣でちょこんと立っている男の子はマリウスだ。
もう一人で立つようになっていた。
ずいぶんと大きくなったわね。
シャルルはかがみ込むとマリウスの頭に手をあてた。
「マリウス、大きくなったな」
するとマリウスはにこりと笑うと恥ずかしそうにアデリーヌの陰に隠れた。
「ほら、マリウス。お兄さんにご挨拶して」
アデリーヌに嗜められるとマリウスはアデリーヌのスカートの裾を掴みながらぺこりとお辞儀をした。
その愛らしい姿に思わず笑みが溢れた。
「よくできたな、えらいぞ」
シャルルがそう言うとマリウスはキャキャっと嬉しそうに笑った。
その光景にあたしは目を細めた。
シャルルのもう一人の弟。
その存在はあたし達に温かい物を与えてくれる。
ミシェルだけがシャルルの唯一の肉親じゃなくて良かった。今はマルグリット島に送られたってここへ来るまでの車の中で聞いた。自分と同じ顔をした弟と当主争いをして命まで狙われてシャルルはどんなに胸を痛めたことだろう。
「お昼はもう済ませたの?」
「いや、それよりも先に鍵がちゃんとあるかを確認した……」
その時、あたしのお腹がぐぅっと勝手に返事をしてしまった。
アデリーヌはクスリと笑うと、
「昼食を先にした方が良さそうね」
シャルルはまいったという顔をしたけど、あたしをチラッと見たその目は優しかった。
「そうさせてもらうよ」
「すぐに用意させるわ。少し部屋で待っててくれる?」
あたし達は庭に面した部屋へ案内された。
前にここに来た時にシャルルの寝室だった部屋だ。
中へ入るとシャルルは部屋の中を見渡し、あたしを振り返った。
「君もここに一緒にいた?」
あたしは首を振った。
「あたしはここじゃない別の部屋よ。あんたはケガをしてたし」
「そのようだな」
シャルルはベットが置いてある部屋のドアを開けると納得したように言った。
シャルルの視線の先にはベットが一つ。
あたしはここでシャルルに触れるだけのとても短いキスをもらったことを思い出していた。
「ここで寝ていたことは覚えている。それにデッサンをしていたことも。そうだ、でも何を描いていたんだ……?」
その時、あたしは彫刻の技法と書かれた本を見つけた。
まだ置いたままだったんだわ。
飛びつくようにそれを手にとってシャルルに渡した。
「これも覚えている。だが、ここで作った記憶はないな」
シャルルはそれを確認するようにあたしを見た。
あたしは頷いてカミーユの家でトルソを作ることになった経緯を話した。
あたしが話す間、シャルルはそれを黙って聞いていた。
「準備ができたわよ」
そこへ、アデリーヌが呼びに来た。
シャルルは考え事をしているのか返事もしない。慌てたあたしはお礼を言ってシャルルと一緒に食堂へ向かった。
「済んだら声をかけて。そしたら案内するから」
そう言ってアデリーヌはマリウスを抱っこして食堂を出て行った。
バイバイとあたしが手を振るとマリウスは同じように手を振って返してくれた。
可愛い!
まるで小さなシャルルを見ているようだった。
そんなあたしの隣でシャルルはまだ考え事をしているようだった。
きっとあたしのことを思い出そうとしてくれているんだ。
昼食に出されたクロワッサンを頬張るあたしにシャルルはいくつかの質問をした。
特にカミーユがあたし達を匿ってくれることになった理由が気になったらしい。
「シャルルをモデルにしたいって言ってたわよ」
あたしが答えるとシャルルは不満そうに答えた。
「オレがそんなことを受けるはずがない。それなのにオレにはその時の記憶がある。カミーユがオレの包帯を解いて……」
あたしはその時の光景を思い出して頬が熱くなった。
だってあの時あたしはシャルルの……。
「嫌な感覚だけは残っている。なぜ君が頬を赤くするんだ?」
シャルルは鋭い視線であたしを見た。
「何か見たのか?」
あたしは慌てて首をぶんぶん振った。
「何も見てないわ」
疑うような目でシャルルはあたしを見ると、それにしてもと続けた。
「匿うことを条件にモデルの話をされたとしたらきっとオレなら断るはずだ。それなのに……なぜだ」
今度はあたしに聞いているというより自分に問いかけている感じだった。
シャルルは視線を空に彷徨わせて考えているようだった。
それからしばらくしてシャルルがあたしを見た。
「そうか、カミーユは最初に君にモデルの話を持ちかけたんだな?どうせ後からヌードモデルだとか言われたんだろう。それでオレが代わりにやることになったといったあたりが妥当か。そうでなきゃ、自分の行動に説明がつかない。和矢の初恋の相手にそんな真似はさせられないからな」
最後の所だけは違っていた。
無理もないわ。
まさか自分があたしに好意を抱いていたなんてこれっぽっちも思っていないわよね。
シャルルが真実に一歩ずつ近づいてきている。でもこれはあくまでもシャルルの勘がいいだけ。思い出しているわけじゃない。
それをまざまざと見せつけられたような気がしてあたしは心が折れそうになった。
本当にシャルルは思い出せるのかしら。
記憶を辿って行くことがまた怖いとあたしは感じていた。
「さて、そろそろ鍵を回収しに行こうか」
つづく